2014年06月15日

吾妻八景を、もう一回録音

 私は自分の声を録音したのを聴くのが不快だから唱法を改造中。その試みの第一弾が2013年12月の吾妻八景でしたが、これを録った頃まで、私は喫煙者でした。HOPEという銘柄のを1日に20〜30本くらい。それはどちらかというとヘビースモーカーな方の喫煙量で、なのに唱法改造しようとかいうのも無理な話しでございました。なのでその吾妻八景を録り終えてすぐ後の12月中頃から禁煙し始め、しかしすぐには止められず、半年ほど経過した現在も1日平均5本くらいは吸っている。それでも喉の状態は以前よりかはずっと良くなってるので、もう一度同じ曲を録音してみました。

遙かあなたのほととぎす
初音かけたか羽衣の
松は天女の戯れを
三保に譬えて駿河の名ある
台の余勢のいや高く
見下ろす岸の筏守

日を背負うたる阿弥陀笠
法のかたえの宮戸川
流れ渡りに色々の
花の錦の浅草や
御寺をよそに浮かれ男は
いづちへそれし矢大神
紋日にあたる辻占の

松葉簪二筋の
道の碑 露踏み分けて
含む矢立の隅田川

---------------------

■伴奏の三味線は前回のものを流用。

■今回の唄の収音マイクは前回同様MXL R144(赤丸の方)
■マイクプリはMindPrint AN/DI
■マイクの立て方は;
顔の斜め上方、距離50cm。
ポップ・フィルター等は不使用。

■DAW上でハイパス・フィルターを掛けてます。設定は以下の通り;
mic11a.jpg
パソコンの排気音や雨の日の環境ノイズが大きめに入り込んでしまっていて、そして今回用いたマイクとプリアンプには両方ともハイパス・フィルターが備えられてないので、DAWで後処理する必要があったです。

■リバーブも掛けてます。設定は前回と同じですが、送り量はやや多め。

mic11b.jpg

mic11c.jpg

■録音期間;
2014年5月8日〜6月9日

---------------------

 今回のと前回のとを比べると、今回の方がずっとマシだと思います。だから前回の音ファイルは削除してもかまわないのだけど、というかむしろ今すぐ滅却し忘却の彼方に沈めてしまいたいくらいなのだけど、文章の方には残しておきたい内容も含まれてる。なので今はまだ削除しません。そのうち音だけは消すかもです。

 自分の声を聴くのが不快なのは相変わらずで、だから前回の吾妻八景とその次に録ったBrown Eyesとかも、とくに必要がない限り聴き返さない。やはり自分の声は気色悪い。しかし今回のは、不快さよりも下手くそな事の方が気になる。つまり、生理的な不快感よりも技術面の方に注意が向くという点で、以前よりかはマシになってるのかもと思うのです。

 タバコを完全に止めれたら、更にいろいろ良くなるんだろうなとは思います。いや、歌がどうとか関係無しに、タバコは止めたが良いに決まってる。しかし自分、禁煙するぞと宣言して半年ほど経った現在の気分は、
「タバコを止めれる気がしない」
というくらいの、非常な困難を感じております。禁煙し始めてすぐに本数をゼロにするのは無理だ(という事が昨年末の時点で明らかになり)、だから完全に止めるのは2014年後半以降の課題へと先送り、当面は「減煙を心掛ける」という程度にまでハードルを下げてます。
 "Brown Eyes"を録った2014年3月頃はわりとガンバって減らして、それでともかく一応の成果は出せたから気が緩んだようなところもあります。だからその後、禁煙チャレンジはひと休み的な感じで本数が再び増え、現在は1日8本くらいになってるかも。ここから改めて完全に止めるのを目指すのは厳しいかも。

 禁煙が難しいと感じる一番の理由は、タバコを止めると激しい鬱状態になる事です。自分の場合、完全に止めるには抗うつ薬が必要かも。重度の鬱は脳みそに不具合が生じたり神経組織が壊れたりする(という説もあるので)、素人考えで無理な禁煙をするのは危険かも知れない。とはいえ精神科には行きたくない。
 私は何か目標とか生きがいとかがあって生きてるのではなく、死ぬのが怖いから取りあえず生きてるような人間です。だから鬱が激しくたって、それで自殺したりはしないと、まあ普段はそう(とくに根拠もなく)思ってますけど、私の知人には自殺した人が一名、それと心臓病等である日突然、なんの前触れもなく死んでしまった人が数名います。普通、人間はそう簡単には死なないもので、幸にせよ不幸にせよそれなりに、まあ多かれ少なかれ分相応に、大抵の人はフェードアウトで生涯を閉じるものですけど、中には、あっけないほど簡単に死んでく人もいる。
 自殺は自己表現のための行為だったりする場合もありますけど、そうではなく、ひょんなキッカケで突っかえ棒が外れたようになり、気が付いたら向こう側に行ってしまってた、というような死に方をする人もいる。
 それで私の場合は、鬱が激しい時には自分と「向こう側」とを隔てる壁が若干ぐらついてるような気がしてくるのですね。まあ、そう考えてられるうちは安全圏内なんですけど、予告無しの死というのも案外に多い事を思えば、
「タバコを止めるのは良い事だから、あるいは、止めると決心したのだから、鬱になっても頑張る」
みたいな考えは危険かなとも思われる。精神科には行きたくないけど「禁煙外来」というのもある昨今だから、やはりそういうのを頼るべきなのかも。

---------------------

 今回の録音期間、上記メモには5月8日〜6月9日とありますけどそれはいつも通り、OKテイクを残せたのがその約一ヶ月間の中の何日かで、実際は"Brown Eyes"を録り終えた直後、4月の頭から始め、しかし6月までの2ヶ月間、毎日録ってたのでもないというような作業ペースでした。2ヶ月というのは、私としては意外に短かった。もちろん不備な点は多々残されたままなのだけど、この曲ばかりをやってるのもどうかなので適当なところで〆ました。

 音程は相変わらず悪いのだけど、節の形(メロディー・ライン)は自分が唄いたいと考えてるものに近づいてきてます。喫煙してた時は喉が腫れて細かい動きが出来なかったが、現在はその点がかなり改善してる。というか前に録ったやつは、改めて聴き直すと「お話しにならないレベル」でございましたなあホント消してしまいたわ★

 唱法改造の眼目の一つは「力んで歌う癖をなくす事」で、だから現状は「喉を絞らない・力まない」歌い方を心掛けている。しかしそれだと裏声領域がフラットし易く、その分音程が悪くなってる。この曲の冒頭「ほととぎず」のハイCがその端的な例で、歌い出しにそういう個所があるから難儀いたしましたよ。ここがフラットしては格好が付かないので、仕方なく少し喉を絞ってる。その結果、力んでる感じを無くせてない。なんか半端な事をしてしまいました。

 この曲には「は行」で唄い始める個所が多い、という特徴があります。

・はるか、ほととぎす、はつね、はごろも、ひをせおう、はなのにしき、ふくむやたて

 それで、私には声を息の勢いで押し出そうとする癖がありますが、この唄の「は行」でそれをやると気分は台無しになります。時鳥の「ほ」は、「ほっとする」の「ほ」、含む矢立の「ふ」は「ふっと息を付く」の「ふ」。力を抜いた気楽な感じ、文字通り「ほっとする」ように唄えないといけない。そのためには息を「漏れ出す」感じで使う、あるいはまあ、ゆっくり吐き出す。しかし(前記事に書いたように)私の喉は圧力を掛けないと鳴らないタイプ(だと思う)ですから、そういうのが難しかったです。しかも「ほととぎす」は、柔らかく唄い出してからすぐにハイCまで上がってく、という点が更に難しい。ここに最高音が当てられてるのは「はるか彼方に小鳥がいる」という場景を描写するためで、喉自慢のためのものではない。だからここで声を張り上げるのは「みっともない」事なんだけど、そうならないように唄うのは難しい。
 といったような事柄は、この曲を唄うためのTipsのごく一例で、他にも難儀な個所は無数にあります。とっても今更なんですがやっぱりこの曲、かなり難しいっすね★

---------------------

 とはいえ先述した通り、今回の録音は私が唄いたいと考えてる節(メロディ・ライン)の形に、それなりに近づいてきてます。なので譜面化してみました。

mic11d.jpg

mic11e.jpg

三味線伴奏のカラオケも貼っておきます。

 長唄を五線譜表記する場合、一般的には(管楽器のBb管、Eb管と同じような)移調楽器扱いにします。

mic11f.jpg

 ギターの記譜法も似たようなもので(オッターヴァ無しのト音記号を用い、実際の音高より1オクターブ高く表記する)、大衆音楽用楽器の演奏用譜面(実用譜)にはこの方式が合理的なのですが、今回私が作成した「吾妻八景」の譜面は実音表記です。何故かというと、この譜面を作成した意図には、三味線音楽をやってる人よりも、それをした事のない人のためである割合の方が多めだからです。譜面とカラオケを併せて公開して、
「唄ってみたい人は、どうぞ!」
的な事ですね。
 唄の記譜法は、前回の記事で説明した通り長唄の声域は洋楽のテノールと同じですから、それの記譜法として一般的なオッターヴァ付きト音記号を用い、三味線もそれに揃えました。フラット4つの調号が付いてますが、この曲はヘ短調ではなく、Cが基音のフリジアン・モードです。尤も、曲中では頻繁にchange modeしますし、最後はDドリアンになってる(今回の録音は全曲演奏すると20分くらいかかる長い曲の一部抜粋ですからたまたまそうなだけなのですけど)。でもまあ、二上り四本を実音記譜するならフラット4つの調号を付けるのが一番適切だと思われます。

---------------------

 長唄のメロディは、基本、三味線の音をそのままなぞって唄うのでOKなものです。日本に限らずユーラシア大陸アジア圏でもアフリカでも、非和声的音楽での歌と伴奏楽器との関係は、両方とも概ね同じメロディを演奏するのが基本形。
 ですがそれはあくまでも基本であって、実際の演奏では「基本の応用形」とか「例外」とかを用いる事の方が多いかも。基本形の方が簡単で分かりやすい芸風だけど、そればっかりだと飽きてくるのも全人類に共通の事で、長唄も、三味線の音をなぞるだけなのは子供っぽくて野暮だとされる。しかし長唄がそうなったのは100年以上の歴史的経緯と、そこに更に江戸文化特有のペダンティズムが加わった結果なのでもあって、だから「糸にべったり付いて唄うのは長唄じゃない」みたいに断ずるのは迷道の元ではなかろうか。(作曲年代によっては多少の違いもあるけど基本的には)作曲者の意図は三味線の手順に示されてるのであって、唄う側は、まずそれを丁寧に拾うところから唄を組み立てて行かねばならない。糸から離れた唄い方しか出来ないのは、例えて言えば、人体をリアルに描写する技術のない絵師が、マンガ的にデフォルメされた人物像ばかりを描いてるようなものである。

 ともかく長唄の場合、その、三味線をなぞらないように唄う唄い方は何通りかある。その中でもとくに唄いづらいものの一つに、
「唄尻(フレーズの切れ目)で唄と三味線が半音食い違う」
というのがあります。例えば↓こういう個所。

mic11g.jpg

 私の場合、とくに弾き唄いで練習してる時は、このメロディ形は唄えないですねえ。三味線の方に引きずられてしまう。何でこんな不合理なメロディ・ラインが指定されてるのかと思うし、「稽古唄」とか、自分一人でちょいちょいと弾いて楽しむだけなら、こういう個所の唄は三味線に付くのでかまわないと思うのです。
 でも今回の録音では、ちょっと頑張って半音食い違いで唄ってみました。それでやっぱり、こういう個所は半音違いにした方が良いですね☆と改めて思いました。しかし、なんでこうした方が良いのだろう?ちょっと不思議だ。あと、

mic11h.jpg

 先述したように、長唄は基本的にはフリジアン・モードですが曲中で頻繁にchange mode(一種の転調)します。↑の譜例はFフリジアン→Gフリジアンというchange modeが行われてる個所ですが、こういう場合、普通は三味線が唄よりも先に「change modeしたよ」という合図(変位音)を出すものなんですけど、この「三保に譬えて駿河の名ある」では、唄が三味線に先行して変位音を受け持つ。これがまた(私にとっては)かなり唄いづらい。でも、この形で唄ってみました。

 というわけで今回の録音では、今までは「上手く唄えないからまあいいか」で済ましてたような個所も、わりときっちり作り込んでみたのですね。喉の調子が良くなったからこそ出来る事なのでもありますし。それで、だったらついでに譜面化もしようかという気になったのでもありました。

---------------------

MXK R144について;

 唄の収音に用いたマイクは前回と同じMXL R144。前回は部屋の壁から1mに設置しましたが、今回は6畳間のほぼ中央。こっちの方が良好なようです。8字指向だからどーのなんて考慮する必要はないみたいですね。

posted by ushigomepan at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | マイク・テスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/399513781

この記事へのトラックバック