2013年12月10日

YAMAHA AE-2000 2013年11月

87.jpg

 もう何年間も改造途中のまま放置してるYAMAHA AE-2000(改)ですが、そろそろちゃんと仕立て直したい。その前に現状の音を記録しておくため録ってみたのが今回の作例です。AE-2000はGuyatone HG-86Bの録音で脇役として一度使ったけど、あれはこのギター本来の音とはかなり違う。今回は収音方法も、いつものAUDIX D1ではなくコンデンサ・マイク2本を併用する豪華仕様。
 また、KORG WAVEDRUMを卓直ではなくスピーカーで鳴らしてマイクで拾う録り方も試してます。

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■ギターはYAMAHA AE-2000(改)
■収音マイクはOktava MK-319MXL 600
■アンプ(YAMAHA YTA-25)で鳴らした音と生音の2パート。

■マイクの立て方は;

Oktava MK-319MXL 600
アンプスピーカーから30cm/床から35cm
スピーカーの少し右寄り
スピーカーから130cm/床から75cm
スピーカーの概ね中心
15〜20cm
高音側f孔
65〜70cm
楽器のほぼ正面

■エレキ音の楽器本体Tone;
リードはフル/バッキングはゼロ

■プリアンプはFocusrite Twin Trak
■入力インピーダンスは12時。EQとコンプはOff。

■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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エレキ音と生音とで設定を違えたはずなんだけど、画像メモが残ってたのは↑の1枚だけ。まあ概ねこんな設定でした。

■イントロだけ別設定のリバーブにしてます。
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足の長いホール。更にこのリバーブ成分だけを別トラックにコピーし一拍遅れのファイル・ディレイにした上に、コーラス(Cubase付属の簡易なプラグイン)を掛けてます。
と、手数が入ってるわりには効果は薄いですけど、こんな風な事をしてみたらどうだろう的な、アレンジのアイディア・スケッチみたいなものですこれは。

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■スライド・ギターはYAMAHA STH-500R
■収音マイク、立て方等はAE-2000のエレキ音と同じ。
■いつもは金属製のスライド・バーを用いるのだけど、今回はガラス製のを使いました。

■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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■ベースはYAMAHA SB-800S
■コントロールの設定は、

F-VolR-VolTone
1005

■ブリッジカバーに布切れを詰め込み、さらに軍手弾き。
■プリアンプはART DUAL MP
■コントロールの設定は、
INPUTOUTPUT 
3時11時半High Z Inputを使用

■Focusrite Twin TrakをA/Dコンバータとして介して卓直

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■コンガはKORG WAVEDRUM 2面
MACKIE 1202 → SONY SMS-1P → AUDIX D1D4で収音
■WAVEDRUM2面をL/Rに振り分け、Hi-Conga→D-1、Lo-Conga→D-4。
■MACKIEのEQ、Loを3時(2面とも)
■プリアンプはFocusrite Twin Trak
■Focusriteの入力インピーダンスは12時。EQとコンプはOff。

■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
87d.jpg

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■マラカスはPearl
■マイクはMXL R144(赤丸じゃない方)
■距離は15〜30cm
■プリアンプはFocusrite Twin Trak
■Focusriteの入力インピーダンスは12時。EQとコンプはOff。

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■録音期間;
2013年11月25〜12月1日

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今回のお題はLeon Raussell "This Masquerade"でした。1972年のシングル"Tight Rope"のB面曲で、収録アルバムは"Carney"。

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 KORG WAVEDRUMは、これをスネア・ドラムとして用いる場合は卓直でとくに問題ないのだけど、コンガ等のハンド・ドラムだと良くない。この製品の本来の音が録れてないように思われる。そのためスピーカーで鳴らしてマイクで収音する方法にしてみたわけです。今回のマイクの立て方は概ね以下の画像の通り。

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 画面左側がHi-Congaで、そちらの方が若干オフ位置。まあたいした違いじゃありませんけど、この距離と角度でも右側スピーカーの音(Lo-Conga)をけっこう拾いました。完全に分離させたいならもっと離す必要があるみたいですね。

 録ってみた感想としては、とりあえず今までの2作(ひとり上手Rocket Love)よりかはずっと良好のようです。ただ、Hi-Congaの音に「皮が振動してる」成分が少なく、ウッドブロックっぽい感じがするのはイマイチかも。MACKIE 1202を介しEQでロー上げなんて、余計な事はしない方が良かったのかも。MACKIEは今のところ全く使い道が無く、こういう事にでも役立ってくれないかと思い用いたまでのもので、次回はMACKIEを介さず、SMS-1PとWAVEDRUMを直結させてみるかもです。

 それとマイクは、これ用にコンデンサ・マイクを用いたりすると無駄にノイズが増えるばかりで(コンデンサ・マイクの回路はそれ自体がノイズ源であるし、環境ノイズも拾いやすい)、だからアレンジ上の脇役であるコンガのためにコンデンサ・マイクを、しかも2本も立てたくはない。また、リボン・マイクはアタックへの追随性が低いので打楽器には不適である。
 となるとダイナミック・マイクを用いるしかなく、私が持ってるダイナミック・マイクはAUDIX D1D4だけなので、となるとあとはスピーカの設置法とマイクの立て方を工夫するしかない、という事になります。

 しかし今回はコンガのHi/Loを別々のスピーカーで鳴らし、それをマイク2本でステレオっぽく録音したけれど、ミックス内では両方ともほぼ同じ位置に定位させた。つまりモノラル・ソース扱いなわけで、だったらマイク1本で録るのでも良かったですね。となるとコンデンサ・マイクを用いるのもありになるので、次回はそうするかもです。

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 ギターをマイク2本で録った結果については聴いて頂いた通り。ですが作者的には、これが良いか悪いかイマイチ判然としない面があります。

 とりあえずいつもの、Audix D-1だけのと比べたらずっと良い音な感じだろうなとは思うのですけど、AE-2000自体がかなり良い音のギターなのでもあり。

 オン・マイクにラージ、オフにスモールという使い分け方は定番通りですが、ギター3パート全てをそのやり方で録るのは、あまり定番っぽくもなさそげ。オフ・マイクの音量はけっこう大きめでミックスしてありますし、定位はオン・マイクと揃えてません。それで、ギター3パート=マイク6本分のフェーダーとPAN、都合12個のパラメータをAuto Mixで動かして、曲展開毎の役割交替、リードを前に出しバッキングを隅に寄せ等々の調整を行ってます。今回のミックスはそういうやり方になったのだけど、それはいかがなものであろうか。
 ギター3本に対してマイク6本というミックスなんて今までやった事がないので、正直わけが分からないです。バランスどうこうの以前にコンデンサ・マイク6本分のノイズ切り作業が面倒くさかった、という事もあり、今回のミックスは取りあえず現状で了。数ヶ月後に聴き返しておかしいと感じたら再度やり直します。

 ノイズ切りは、これもHi-Cut EQの部分的なON/OFFをAuto Mixで行う等、わりと細かい事もやってます。それでも不充分ですけどね。私は、マグネチック・テープのヒス・ノイズのような、常に一定なノイズならあってもかまわない。場合によってはあった方が心地よいとさえ思うのだけど、出たり消えたりするノイズは聴き苦しい。だから、やはりなるたけノイズは切るようにします。その一方、ところどころに表を走る車の音が入り込んだりしてるのはいかにもホームレコーディングな感じがして良いかもねとも思う。まあ、無いに越した事はないのでしょうけど。

 マイクを2本用いればDAWでリバーブを足したりせずに済むかという期待もあったのですが、少なくとも今回の曲調とアレンジでは、リバーブを足した方が聴きやすい音になるようです。DAWで足してるとは分からない程度にしか掛けてないですけど、それがあると無いとではけっこう違う音になります。

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 AE-2000の現状はフロントPUのみで、リア位置はブランク。ここにPU穴が開いたまま生音を録るとフルアコ本来の鳴り方とは違ってしまいそうなので、応急処置的に5mm厚のスポンジ板で塞いで録音しました。

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このページのトップ画像の全体像は↑これ。極めて残念な外観です。

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 スライド専用機YAMAHA STH-500Rが担当してるパートは、当初はバイオリンかハモンド(B4)にでも受け持たせようと考えてたのだけど、録音作業を開始した後に急遽スライド・ギターに変更。STH-500Rに載せてるラップ・スチール用のPUを他のギターに移植する事にしたので、これも現状の記録を残しておきたくなったからです。
 もしもこのパートをバイオリンにするとしたなら、それはストリングス的な大編成ではなく、1〜2人の、弱音器を付け平行三度で白玉を流すメキシコ式のバイオリンというのをやってみたかった。レオン・ラッセルの地盤=オクラホマ〜ロサンゼルスから更に少し南下した、マリアッチ風味の"This Masquerade"という事ですね。2nd verseのリードはAE-2000の生音で、フレーズ型には若干そっち方面の要素を盛り込んだりもしてるのです。まあ今回のはアレンジ面での作り込みを云々するようなものでもないし、このアイディアはまた別の機会に試すのでも良いのだ。

 ともかくそういう事情があって用いたSTH-500ですが、録音結果を改めて聴き直してみると、やはりこのギターもけっこういい音なので、移植案はあっさり撤回いたしました。移植先のギターも既に入手済みだったのに、なにやってんだかって感じです。Aria Pro IIのTS-600っていう、80年代の頃によくあった和製B.C.Richみたいなモデル。それの素人改造された半ジャンク品をヤフオクでゲット。Richモドキという事はつまり、スルー・ネック&ブースター回路内蔵なわけです。
・スルー・ネックだからサスティンは長い。
・それに多分、アタックが暴れず弾きやすい。
・更に、ラップ・スチールPUは出力が低いのが難点なのだけど、ブースター回路はそれを補ってくれるであろう。
等々、私にとっておあつらえ向きな仕様なのです。半ジャンク品だから心おきなく再改造出来るし。しかし今回録った音を聴いてTS-600に載せ換える案は没。サスティンは、現状のままでもべつに充分かも知れず、出力が低いのも宅録限定で使うならそれほど困らないし、アタックが暴れ気味なのは、それが特色というか美点なのかも知れず。

 いやまあTS-600に載せてみたって面白いとは思うのですけど、それ用の工作をする手間(メンドウ)と現状の音を秤に掛けたら、現状でぜんぜんオーケーじゃんという気持ちになってしまった。他にも急ぎ仕立て直すべきギターがまだ沢山あるのですし。

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 "This Masquerade"のメロディは、これを楽器で安易に音符なぞりすると非常に俗っぽくなってしまうような気がする。いや、それはどんな曲に対しても言える事なのだけど、
・優れたメロディほど、それが俗化した時の悪臭もより強烈なのではなかろうかとか、
・俗っぽくなるのが似合う曲だってあろうけど、"This Masquerade"はそうしてはいけない部類の曲ではなかろうかとか、
そのほか理由はなんとでも付けられますけどともかく、私はこの曲のインスト化に対してはけっこう慎重に臨んだです。

 "This Masquerade"のメロディの特徴の一つは「9度への跳躍」で、それがこの曲のチャーム・ポイントになってる。ひとり上手にも9度への跳躍はあって、その点が似てると言えなくもないが、「ひとり上手」にその跳躍音型が現れるのは1 verseに1回だけ。対して"This Masquerade"には4回もある。"This Masquerade"が俗っぽくなり易そうに思われる原因はこれかなという気もしますが、ともかくこの9度への跳躍の扱い方は、"This Masquerade"をインスト化するに際しての第一の難所である。なんせ目立ちやすいので。

 楽器で、この部分を毎回、同じ弾き方をするわけにはいかない。歌なら、歌詞が毎回異なるため同じフレーズを多投するくどさが回避される。というか、"This Masquerade"は(同じ文句を繰り返すシャウト型の曲ではなく)物語性のある、文章的な歌詞に歌の形式を与えるためにメロディの多様性を制限し、共通の音型を繰り返し用いて比較的大型のverse(48小節)を構成するタイプの曲なのだ。だからこれをインスト化するなら、歌詞と組合わさった人の声の持つ情報量の多さに匹敵する何かしらを楽器の音に与えなくてはならない。それで私がどうしたかというのは、まあ聴いて頂いた通りの内容です。1st verseでは原曲通り4回、フェイクした2nd verseでも2回、都合6回、その9度への跳躍を弾いてますが、全て扱い方を違えてあります。

 いやべつに、毎回弾き方を変えれば「情報量」が増えるのではないけど、これは「同じ弾き方を2回以上使ってはいけない」という決め事を設けた、音楽のしりとり遊びみたいなもので、しかしこれは「りんご」と「りんごの木」「りんごの実」等々を別の言葉扱いにする甘ちゃんルールのしりとりだから、バリーションを増やして毎回違う事を弾くだけならとくに難しくはない。音楽で問われるのは、そのバリエーションを時間軸上に、前後関係のある物として配置してみせた結果としての全体像、それの良し悪しですね。

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 とまあ、その9度への跳躍は"This Masquerade"の特徴の一つであって、インスト化に当たって留意しなければならない点は他にも沢山ある。また、原曲をフェイクするにしても、レオン・ラッセルの歌い方は色々な意味で「掴みづらい」もので、さらにL.ラッセル版"This Masquerade"は曲構成がなんか半端という事もあり(1 verse → 一発もの化した間奏 → 8小節だけ付け加え)、作者による演奏がその曲の最良のものとは限らない事も多いから、他の人のカバーも参照してみました。ちなみに、↓の画像はシングル盤"Tight Rope"のジャケット。これのB面が"This Masquerade"。

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私が知ってる"This Masquerade"は、アルバム"Carney"に収録されてるバージョンだけで、シングル版もアルバムのと同じ曲構成かどうかは知りません。1分以上ある長いイントロは、"Carney"がトータル・アルバム的である故に付加された要素である(のだとしたら)、シングル盤にそれは不要なわけで、その代わりアルバム版には無い別要素が加えられてたりしてないか、それは一応確認しておくべきなのでしょうけどしてません。

さて、私の音盤コレクション中にあった"This Masquerade"のカバーは以下の4点。

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カーペンターズの74年のシングル"Please Mr. Postman"、これのB面が"This Masquerade"。もともとは1973年のアルバム"Now & Then"の収録曲。

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ジョージ・ベンソンの1976年のアルバム"Breezin'"、これのA面2曲目が"This Masquerade"。このアルバムは大ヒット作で、G.ベンソンは77年にグラミー賞を受賞した。  

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デビッド・サンボーン、1995年のアルバム"Pearls"。大規模オケをバックにイージー・リスニング的な演奏を聴かせる、いわゆるwith strings作品。

87k.jpg
小野リサ、2000年のアルバム"pretty world"。ボサ・ノバではなく名曲スタンダードの類を打ち込み主体のオケで歌うアルバム。

 以上4通りのカバーの内、多少なりとも聴くに値するのはカーペンターズ版のみでした。D.サンボーンと小野リサのアルバムは世評的にも駄作扱いのようだけど、私も今回改めて聴き直し、なるほどそうだと納得した次第。G.ベンソン版には、70年代末にはこういうのも流行りましたっけね的な風俗史資料としての価値、それ以上のものは無い。
 カーペンターズ版にしたってとくに良い出来なのでもなく、L.ラッセルの曲を(私の知ってる限りで)3曲カバーしてるカーペンターズ。中でも(もともとはリタ・クーリッジのために書かれた"Groupie"を大幅改変した)"Superstar"は、名曲と呼ばれるに値するものだと思う。それに比べると"This Masquerade"のカバーは凡庸で、まあどちらかというとボーカルよりもリチャードのピアノを聴かせる意図の方が多めの曲だったのかも知れません。
 なお、カーペンターズは"A Song For You"もカバーしてます。これはL.ラッセル版よりも曲構成が明確で分かりやすいという点で優れており、好カバーの部類に入る出来だと思う。だから、カーペンターズによるL.ラッセル・カバーズの中では"This Masquerade"だけが一段劣る。私にはそう感じられます。だから尚更、私は"This Masquerade"のインスト化に対して慎重になってしまった。カーペンターズでさえ凡庸で甘味なだけのポップスにしか仕立てられなかったこの曲に、うっかり手を出すのは危険ではなかろうか的な。

 ともかくそういう事で結局、私がいくつか聴いた"This Masquerade"の中で一番良いのは作者本人のものだったです。You Tubeを探れば更に他の人のカバーも見つけられるかも知れないけど、私はそもそもL.ラッセルが好きなのだし、彼の版が一番良いとなったならそれで充分。ですので私は L.ラッセル版"This Masquerade"を参照して今回の録音を行いました。AE-2000をアンプで鳴らした音でテーマを弾く1st verseは、L.ラッセルの節回しに似せるよう努めてる部分が多いです。

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 ところで"This Masquerade"の一番有名なバージョンは、やはりG.ベンソンのものでしょうか。しかしそれは多分、概ね1970年より以前に生まれた人にとってはそうだという事でしかなく、カバーとしての良し悪しについて言うなら、上掲音盤の中で一番ダサいのはG.ベンソン版。とはいえ彼の歌は素人芸の座興にすぎず、それについて今更どうこう評する必要もない。
 ところが、カバー曲というものに対して、それを「しょせん二番煎じ」と呼んで貶してみたり、「メロディのアクセントや音程がオリジナルと違ってるのは嫌い」だとか言う人はいるもので、しかしそのテの人の考える「オリジナル」とは一体なんなのであろうか。つまり例えば、G.ベンソン版の"This Masquerade"がすごく好きだ、という人が、つい最近になってL.ラッセル版の方を知った、として、既に聴き馴染んでいるG.ベンソン版とL.ラッセル版とではテンポもメロディ・ラインもアクセントの位置もかなり異なりますから、L.ラッセル版に対し違和感を覚え、これを「嫌いだ」と思い、更にL.ラッセルがこの曲の作者だという予備知識がなければ、この作曲者自身による音盤に対し「こんなのはしょせん二番煎じ」等と評する、という事も起こりうるわけです。

 基本、カバー作品を(その作品としての良し悪しではなく)ただ単に「オリジナルとは違ってるから」という理由で嫌う人は耳が悪い。「楽曲」というものを抽象化して把握する能力が無いのである。
 音盤に記録された音は、楽曲(という抽象物、あるいは概念形とか設計図みたいなもの等々)が「現実態」として取りうる一例として示されたものに過ぎない。「楽曲」と「音盤上の音」との関係は、普遍と個物との関係に近しい。音楽が好きな人とは、個物としての、現実態としての「音」を介して普遍へアクセスする事を試みる者である。目指してるのは音の向こう側である。しかし耳の悪い人は、音そのものに関心を寄せる。

 だから、耳の悪い人がどれだけ熱心に楽器の練習をしたとしても、それは「木を見て森を見ず」的な、あるいは群盲象を評す(の誤謬解)の状態に留まり続けるわけで、目指すべき全体像が見えてない以上、いつまでたっても上達しないか、あるいはせいぜい「象の皮膚の質感に関する極めて詳細な研究成果的器楽の達人」になるのが関の山。まあそれはそれで立派な趣味ではあろうけど、最初から一応は象の姿が見えていて、例えばこれをなんとか飼い慣らしてみよう、といった事を目指してる人とは全く異なる興味や価値観を以て象、ではなく音楽に接している、そういうタイプの音楽愛好家が時たま音楽評をすると例えば、カバー曲を「しょせん二番煎じ」と呼んだり「オリジナルと違うのは嫌い」と言ったりするわけです。

 「好き嫌い」というのは尊重されるべきものである。だから"This Masquerade"の音盤が何種類もある中で、自分はG.ベンソンのが好き、L.ラッセルは嫌い、というのは全然オーケーなのだけど、その、G.ベンソンの方を好む理由が「最初に知った方だから」、あるいは「聴き馴染んでるから」というだけであるなら、そのような判断を下す人は耳が悪い。耳が悪い人も「好き嫌い」を言ってかまわないのだけど、つまりそのテの人は耳が悪いくせに好き嫌いを言ってるのである。「味ヲンチなくせにグルメ気取り」な仁と同じであるね。
 もっとも、そういう人がいればこそエセ高級ボッタクリ型料理店の経営は成り立つのであり、それと同様に「耳コピ能力はないけど楽器は練習したい」という人がいればこそ楽譜の出版業も盛んになる次第で、だから彼らは少なくとも「経済」には貢献してる。だから、彼らにも「好き嫌い」を言う権利はある。しかし、しばしば著名曲のカバーを行う私の立場からすると、オリジナルと違うのを嫌う人はつまり私のカバーも嫌うわけで、ならばやはり、
「耳が悪いくせに好きとか嫌いとかいってやがら」
的なイヤガラセを、このWebの場末に書き付けておくべきかなとも考えるわけです。嫌われたから腹を立ててるのではありません。逆に、耳の悪い人から好かれても困惑するというか、それはそれでイラっとさせられる。まあ実際のところ、けして好かれる事はないだろうからその点だけは安心ですけど。

 耳の悪い人の中には「無闇に相手を誉める仁」というのもいるわけですよ。しかしたいがい、そういったのは失敬な輩である。味ヲンチに誉められて、それでボッタクリ料理屋の中身が向上するわけもなく、だから「誉めて伸ばす教育」などというのもお笑い種でしかなく、二流人から誉められても(あるいは逆に叱られても)なんの意味もないのだけど、不快感だけは生じる。なのに二流人に限って、なぜかやたらと人を誉めたがる。

 とはいえ私は耳の悪い人に対して、それを直しましょうよなどと提言したいのではなく、聴取力を上げるための方法を知ってるのでもない。私は教育者ではないので、バカに付ける薬はないのと同様、悪い耳を良くするコツや魔法は存在しないと、そう思ってられる気楽な立場です。

 カーペンターズが既成曲をカバーする場合、それは概ねオリジナル通りの場合と、大幅に作り替えるのとの二通りがあるけど、「カーペンターズの曲」として有名なのはたいてい大幅改変型の方で、"Ticket To Ride"あたりが代表例ではないでしょうか。ところがビートルズ・リアル・タイム世代よりひと回り下くらいの世代の人になると、ビートルズのオリジナルよりも先にカーペンターズ版の方を知るケースも多いみたいで、それで後からビートルズを知って、
「こんな下品で粗雑な"Ticket To Ride"は嫌いだ」
みたいな事を言う。"Ticket To Ride"がビートルズの曲だという予備知識を持ってなかったのですな。ところがその同じ人が別の日、別の場所では「ビートルズは自分の音楽の原点」だからどーこーで、ビートルズのカバーは本物と違うから嫌いだとか書いてる、そんな迂闊すぎるおまゆーなWeb記事を以前どこかで見かけたような気がするんだけど、流石にそこまでアレな人が実在するものかどうか、これは私の記憶違いかも知れません。しかし耳の悪い人というのは、それくらいの事は言い出しかねないのですな。己が痴態をわざとのようにWebに晒すのは21世紀人ならではの「お楽しみ」ですけど、そういう意図がないのなら下手な音楽評などはせず、似たもの同士が集う仲良しサークルでの「誉め合いっこ」にでも専心してるのが分相応でございますよ。

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 なお、私のG.ベンソンに対する評価は("This Masquerade"一曲に対してだけでなく全般的に)低いのですが、彼の"This Masquerade"のイントロに関しては、好きか嫌いかで言ったら好きです。それで、私の今回の作例のイントロが、
 モヤモヤした謎フレーズ → 突然転調で本編
という段取りなのはL.ラッセル版のオリジナルと似てなくもないけど、これは意図的に真似たのではなく、イントロをどうしようか(レコーダーを回しながら)あれこれ試してる内に、自然とこうなったのです。まあL.ラッセル版の印象に引きずられたのでもあろうけど、(違和感が強くなり過ぎない範囲内で)本編との関連性がない要素をイントロにするのが、この曲には似合うのかも知れません。そうやって改めて思い返すとG.ベンソン版のイントロも同じやり口なわけで、つまり"This Masquerade"という曲は「スキャットとギターのユニゾン」という小ネタ(G.ベンソンの個人技)をポップチューンに組み込むための土台としても適しており、結果、イントロと本編の両方がお互いを引き立て合う関係になり、それが大ヒットの要因の一つになっていたのかも知れません。

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DAWでの切り貼り編集について;

 私の宅録作業はDAWソフトを利用した切り貼り編集無しには成り立ちません……というほど必須のものでもなくて、「せーの」で録るしかないならそうしますけど、現状は切り貼りを利用できる環境にあり、なおかつ私は細かく切り貼りして作り上げる作業を好みます。そこで今回は、その切り貼り編集の実態を少し公開。Cubase5.0編集ウィンドウ画面のキャプチャです。

87l.jpg

87m.jpg

もう一度、音ファイルを貼っておきます。

 上段(緑色)は1st verseのリード、48小節分。下段(黄色)は2nd verseのリード、32小節と少々。今回はマイク2本を用いましたからステレオ・ファイルになってます。上がOktavaで下がMXL。レベルの入り方の違いも見て取れますね。

 普段は録音が終わったらそれっきりで、こういう画面をじっくり見直したりはしませんが、改めて観察してみると面白いものですね。無編集で弾き流してるのは長くて8小節くらい。細かく切り貼りしてる個所は2拍間隔とか。今回のではあまり無かったけど、音符ひとつだけを切り貼りで置き換えるなんてのもしょっちゅうです。
 1st verseは概ね歌のメロディどおり。だから事前の仕込みが多少あり、対して2nd verseは何をどう弾こうかレコーダーを回しながら決めていってるので、切り貼りはより細かくなってます。エレキ音に比べ生音の方が技術的に色々メンドウなため弾き直しが増える、という事もあります。
 それでも、AE-2000は弾きやすいギターだから、いつもより切り貼りは少なくて済んだのではなく、弾きやすいギターを用いる分、自分に課すハードルも上げてるので、切り貼りの頻度も高い。テスコ類を用いる録音での切り貼りはもっと大雑把なものです。しかしテスコ類では弾き損ないが発生しやすく、それを修正するための切り貼りが増える。結局、いつでも切り貼り個所は多いです。

 さて、こうやって作り上げた今回の音ファイル、インスト版"This Masquerade"にはギターでメロディを弾くための技術がてんこ盛りで、結局これは自然な流れと統一性のある”音楽”ではなく、ネタ帳みたいなものでしかないのだ。しかし自分的に、これはこれでオーケーなのです。

 切り貼り編集で作った(仮想的な)演奏とそっくり同じ事をライブで弾くのは不可能です。現実の私はこんな風になんか弾けやしないヘタレで、宅録で作ってるのは「こんな演奏が出来たらいいな」という理想像なのですね。そしてまた、時々これらを聴き返して「理想の演奏」のイメージを固めるのにも利用するのです。

楽器を鳴らすのは体。そして体を動かすのはイメージ。そしてイメージを形作るのは理想像。

 だから、理想像の持ち方は重要。私が作る宅録ファイルは、イメージ・トレーニングのための素材なのでもあります。

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 前回の記事にも書いた事ですが、「お別れ録音」のやりかけが溜まってて本当はそちらを先に仕上げるべきなんだけど、今回も「やりたいこと優先」になってしまいました。いかんのう。
 現状、「お手つき状態」のが約10件。それ以外に、まだ手元にある売却予定のギターが7台くらい。都合17件。一曲あたりの作業日数を10日とすると170日=およそ半年。
 実際は10日で一曲なんてペースは無理ですから、となると少なくともあと一年近くは、「お別れ録音」の作業を続ける事になるのかあ。

posted by ushigomepan at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | MY楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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