2013年09月27日

【お別れ録音】Guyatone HG-86B

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Guyatone HG-86Bは6弦ロング・スケール・モデル(580mm)。
Guyatone HG-86AとPU、ブリッジ、ナットなどのパーツは共通で、ボディ上面エッヂにセル・バインディングがある点も同じ。スケールが違うだけの兄弟機ですね。

グヤ社1963年のカタログにこのモデルが掲載されてるので、おそらくその頃に発売開始された製品だと思います。当時の定価は¥7,200。

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■アンプはYAMAHA YTA-25/マイクはAUDIX D1

Toneフルと絞った音の2パート。センターがフルで、やや右寄りのが絞った音。あまり明確な違いはないです。

■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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■ベースはYAMAHA BB-1200(フレットレス改)
■プリアンプART DUAL MPを介して卓直
■ART MPの設定は、

INPUTOUTPUT 
2時半ほぼフルHigh Z Inputを使用

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■ボンボ風のバスドラムはKORG WAVEDRUM ORIENTAL
パッチはプリセットのバスドラ(何番かは忘れた)を改造したもの。
■WAVEDRUMのラインアウトからMACKIE 1202(Non EQ)→M-AUDIO FireWire 410という接続で卓直。
■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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■ダラブッカ風のハンドドラムもKORG WAVEDRUM ORIENTAL
パッチはプリセットNo.105 Daf Egyptianを改造したもの。
■WAVEDRUMのラインアウトからART DUAL MPMindPrint AN/DI Proという接続で卓直。
■ART MPの設定は、

INPUTOUTPUT 
ほぼフル、さらに+20dBスイッチをON10時High Z Inputをを使用

■DAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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■間奏と歌バック埋め草フレーズのエレキはYAMAHA AE-2000(改)
■アンプはYAMAHA YTA-25/マイクはAUDIX D1
マイクプリはFocusrite Twin Trak。インピーダンス・ツマミは3時で、コンプやEQはOFF。
■L/R両chにPanを振り切った2パート、その両方で同じフレーズを弾いてるダブル・トラックです。
■DAW上でリバーブを掛けてます。歌バックの設定は、
R ch;
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L ch;
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L/Rでプリ・ディレイの値を変えてます。ダブル・トラックにしたんだけど、あまりダブル感がなかったので、こうしたら多少はダブルっぽくなってくれるかなと。あまり効果はなかったようですが。

間奏のリバーブは、
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■間奏では更に、部分的にファイル・ディレイも用いてます。2拍差で薄く鳴ってる音がそれ。

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■その他の楽器;

マイク立て方
YAMAHA LL-6JOktava MK-319 Low cut/ONSoundHole正面/距離15〜20cm
国島マンドリン楽器正面/距離30〜40cm
モンキー・タンバリンAUDIX D4距離30cm/正面

■上記3楽器のプリ・アンプはMindPrint AN/DI Pro
■YAMAHA LL-6JはマイクのLow Cut SWをOnにしたうえ、更にDAW上EQで164Hzをやや鋭めのQで7.1dBカットしてます。ベースとバッティングしてる部分を削った格好。
■国島マンドリンにはDAW上でリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。
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■録音期間;
ラップ・スチールは2012年8月12、13日
その他の楽器は2013年6月29〜8月30日

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今回のお題は中島みゆきの9thシングル、ひとり上手、それを南米の民族音楽フォルクローレ風のアレンジに作り替えてみた、というものでした。
ひとり上手は1980年10月発売。81年度オリコン年間チャート36位。作詞作曲は中島みゆきで、オリジナル音盤の編曲は萩田光雄。

 私にとってのスチール・ギターとはハワイアンやカントリーのための楽器ではなく、江戸期辻芸人の楽器であった胡弓の仲間で、その役割は大正演歌のバイオリンに引き継がれ、また、昭和歌謡では戦前(十九の春)から戦後高度成長期(ウナ・セラディ・東京)にかけて、スチール・ギターは重要な脇役であり続けた、というのは、当ブログ内では既に何度か書いた事であります。

 さて、ポスト高度成長期、つまり1970年代になってから登場した音楽ジャンルの内、大正演歌の系譜のものとして重要なのは四畳半フォークであろう。大正演歌とは、明治期の自由民権運動と連関して興った壮士演歌が、政治運動の終了(あるいは挫折)した後に変質して軟化したものである。それと同じく四畳半フォークも、1960年代末の学生運動(反安保や反戦)と連関した反戦フォークが、70年代以降に変質したものである(という一面がある)。
 そして四畳半フォークでは、(戦後日本の若者音楽の中では全く重用されなかった)バイオリンが、再び重要な役割を担うようになる。神田川(73年)のイントロを飾ったのはバイオリンであったし(弾いたのははちみつぱいの武川雅寛)、さだまさし氏はバイオリニストでもあった。

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(良いですよねこのジャケット。私的には、さだ氏の扮装が絶望先生系だったなら尚良し。)

 なので私としては、「私にとってのスチール・ギター」をナニする一環として、是非とも四畳半フォークにも手を出しておきたいのだけど、四畳半フォークで重要なのは歌詞である。つまりこのジャンルの楽曲は言葉あってこそのものだから、インスト化してもまるで面白くないように思われる。ところが中島みゆきの曲は(四畳半フォークではないのだけど)、70年代フォーク系としては例外的に、インストにしてもいけるかも知れない。深町純は「中島みゆき作品集」というソロ・ピアノのアルバムを作っていて、

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深町純ピアノ・ワールド/中島みゆき作品集(2003年)

一体どういう経緯があって深町氏がこのアルバムを制作したのか、私は全く知らないのだけど、ともかくこういう例も存在するのだ。

 荒井由実の曲をインスト化したアルバムなら、沢山あるような気がする。しかし私見では、荒井由実の曲は四畳半フォークと同じく「言葉あってこそのもの」だから、インスト化しても大して面白くないと思う(そいう音盤が商品として売れるかどうかとか、そういうのを好む人が多いかどうかではなく、私にとって、荒井由実をインスト化する事には意義があるかどうか、という問題)。荒井由実の曲は中島みゆきと比べ洋楽志向が強く、そのためインスト化するのにも適してるとは思うのですけれど。

 荒井由実の曲の面白さは、その洋楽的なメロディやコード付け(音組織)と日本語歌詞との、無理矢理な組合せ方にあると思う。荒井由実の曲は、日本語歌曲としてはかなり異なものなのである。しかしその無理矢理な違和感は、70年代中頃(の、少なくとも荒井由実の支持者達からは)むしろ新鮮な、従来の歌謡曲とは一線を画す特徴として好意的に受容された。
(あるいは、歌詞の扱い方以前の問題として、荒井由実の歌声が従来の基準からすると異なものであったため、歌詞の問題はマスクされてしまったのかも知れない。あるいは、荒井由実の支持者とは、彼女の曲中での日本語の扱われ方を異なものと感じない、日本語の音韻に対して鈍感な層だったのかも知れない。あるいは、70年代のどこか辺りを境に、日本語の発音が変化したため、荒井由実の曲もそれほど変だとは思われなかったのかも知れない - - - 70年代に30代前後だった世代の歌手の発音は、それより年上の、いわゆる戦前歌謡の歌手や、あるいは(昭和の大名人世代の)三味線音楽の歌手の発音と同じ特徴を部分的に持っている。しかしそれより若い世代の歌手の発音は旧世代とは異なり、21世紀現在の私たちが話してる日本語に近づいてる、という事もありますので。)

 ともかくしかし、荒井由実の曲から歌詞を取り除いてみると、後に残るのは女学生愛唱歌風の枠組みの中に洋楽ヒット曲の断片を散りばめたような、わりと凡庸な洋楽モドキに過ぎず、そんなのをインスト化するのはなんだか時間の無駄のようで、そんなんだったら本場物、つまり本家欧米の曲の方を取り上げるべきだろう、と私には思われてしまう。
 それに比べると中島みゆきの曲には、もう少し彼女独自のものがあるかも知れない。いや、無いかも知れない。それが分からないなら、試みにインスト化してみれば良いのである。だからつまり私にとっては、中島みゆきの曲をインスト化してみる意義はあるのだと結論される。

(ちなみに以上の事は、中島みゆきと荒井由実の曲、それと四畳半フォーク系を「インスト化したらどうか?」という観点から比較してみたもので、歌曲としての全体像についての良し悪しを論じてるのではありません。個人的な好き嫌いでいうなら、荒井由実も四畳半フォークも私は好きです。)

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 さて、中島みゆきの曲は四畳半フォークではない。むしろ(大正期のではなく、70年代当時の意味合いでの)演歌っぽいものである。
 と、そう言い切ってしまうのはけして正しくはないのだけど、(ソングライターとしてではなく、シンガーとしての)中島みゆきの知名度を最初に高めたヒット曲、わかれうた(1977年)は、演歌の受容層であるところのおとうさんという人種からの支持も集め、それもあったればこそ「わかれうた」も大ヒットしたのではないか?おとうさん達の琴線を震わしたのは当然、「わかれうた」が含み持つ演歌的な属性であった。とまあこういう点も、中島みゆきと荒井由実は実に好対照なのだ(荒井由実は、おとうさん達が敵視する、例えばアンノン族とかの側のタレントですからね)。

 しかしこの、中島みゆきVs荒井由実だとか、中島みゆきは四畳半フォークではないし、演歌っぽいけど演歌でもない等々の問題について書き出すと大長文になってしまうので省略。そんな事より、今回の私の作例をフォルクローレ風のアレンジにしたのは何故かについての説明を行いたい。

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まず、オリジナル音盤の萩田氏のアレンジについて;

1.
イントロ、間奏、後奏で同じメロディを2.5回用いるのだが(最後のは半分だけなので2.5回)、間奏の時だけコード進行を変えてある。前奏と後奏のコード進行は、日本のマイナー・キー歌謡曲としてごく当たり前のものだが、間奏のコードはジャズとかフュージョンとか、そういう洒落乙な洋楽のやり方に倣ったものである。

2.
歌の2番の最後でサビを繰り返す、その直前に、擬似転調的な小ネタが仕込んである。

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 オケ全体の音程が急に長2度上がったら、普通はそのまま転調すると思うじゃないですか。しかし実際には転調しない。にもかかわらず、転調が行われたかのような効果(錯覚)が生じる(少なくとも私の耳にはそう聴こえる)。だからこれは、擬似転調。

(この曲のサビはトニック・コードで始まってトニック・コードで終わる。これをリピートするなら継ぎ目に何かしらターン・バックを設けるべきで、大抵はSD→Dにする。マイナー・キーのSDはIVmかIIm(b5)だが、この曲ではIIm(P5)が用いられてるため、これが転調の予告のように聴こえるわけです。
マイナー・キーでIIm(P5)を用いた代表例はビートルズのイエスタディで、だから「ひとり上手」のIIm(P5)とは、イエスタディ進行のV7を省略したものと解せなくもない。ベースはVを鳴らしてる。5度上のIIm7とはV7sus4の事であるから、この部分の伴奏音群をコード記号で略記するとしたらV7sus4aad9など。)

3.
間奏の始まる前と、2番でサビをリピートする時に、2拍(半小節分)が付け足されてる。

 以上の3点は、意外性(違和感ともいえる)によって、一曲を最後まで飽きさせずに聴き通してもらうための仕掛けなのだろうけど、その内の2点が和声操作、もう1点は変拍子系であるのが「80年代っぽい」と言いますか、70年代の日本型土着フォークとは一線を画すものを作るぞという制作陣の意志が、ここによく現れてる。とまあそれは、私がそう解釈したという話しなだけだけど、実際、この曲から上記3要素を取り除いてしまうと全体の印象は(旧来通りの凡庸なフォーク調の曲、という方向に)変化するに違いない。
 だから私は自分の今回のカバーでも、このアレンジ上の特徴は改せず、概ねオリジナル通りにさせて頂きました。「ひとり上手」オリジナル音盤のアレンジは、日本歌謡史上の名作の一つと呼ぶに値する、それくらい内容豊かなものだと私は思ってます。

 しかし真に評価されるべきは、そのような、脱四畳半的で洋楽志向で洒落乙なアレンジを施されても、「わかれうた」と同質の演歌臭は「ひとり上手」から失われてない、という事の方である。むしろ、「演歌的なるもの」もアレンジ次第では洒落乙化が可能な事を、この曲は証明して見せた。そして、70年代期には既に「お年寄り用の音楽」となってしまった演歌の本質の一部は、80年代対応型に装い直した中島みゆきの中に温存され、以後も生き続けた。だからこそ、2000年代になってからも彼女は大ヒット曲(地上の星)を生み出し得たのではなかろうか。「地上の星」も「わかれうた」同様、おとうさんという人種からの支持を大いに集めた曲ですからね。

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 という事で、今回の作例ではオリジナル・アレンジの3つの特徴はそのままコピーする事にしたけれど、それ以外の要素まで全て同じにするのも芸がない。というか、私にはストリングス・セクションを打ち込みで作りたくない等の事情があるため、どのみち完コピするのは無理なのだ。
 そこで、楽器編成とリズム・アレンジをフォルクローレ風にする事にしたのだけど、何がどう転んでこのアイディアに辿り着いたのか、今となってはよく思い出せない(今回のスチール・ギターを録音したのは2012年8月。つまりもう1年以上前。その他の楽器を加え完成させたのは最近だけど、フォルクローレ風にしようというアイデアは、スチール・ギターを録るための仮オケを作った時点で、既にそう決めてた事)。
 ただ、私はこの「ひとり上手」という曲に対してアウト・ドアな曲というイメージを持っていて、しかしそれは例えば、
「松竹ロード・ムービーの挿入歌に相応しいような、あるいは東映トラック野郎シリーズが80年代以降にも作られ続けてたなら、それのテーマソングとしてピッタリなような、そういう曲調。」
という方向性のアウト・ドアで、だからあんまり爽やか系なのでもなく、漁労演歌系とでも呼ぶべきアウト・ドアなんだけど、ともかくそういう気分を増補する方向にアレンジを作り替えてみたいと思った。ところが筆者は、アウト・ドアなフォーク調といったらアメリカのカントリーか南米のフォルクローレくらしか思い付けず、それとそういえば晩年の河島英五はフォルクローレ志向にちょっと傾いてなかったっけ?みたいな事もチラと思いだし、それでまあなんとなく、こうする事に決めたんじゃなかたかと思う。

 この曲のテンポは、BPM=91の「ゆったりした二拍子」であるとも、BPM=182の「早い四拍子」であるとも受け取れる(前掲譜例はBPM=91の4/4で作ってありますが)。BPM=90前後というのは、ゆったり感とキビキビ進む感じを同居させられる、ちょうど良い頃合いのテンポなのかも知れません。それで、トラックのような大型の乗り物で広い土地を移動してるような気分が醸し出されるとか?
(ちなみにオリジナル音盤のBPMは終始91でブレません。ドンカマを使って録ったものですね。)

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 フォルクローレは1960年代頃から日本でも知られ始めた(らしい)。1970年にサイモン&ガーファンクルが「コンドルは飛んでいく」をヒットさせ、その後しばらくは日本でもそれなりに人気のあるジャンルだったけど、今ではハワイアンやカントリーと同様(あるいはそれ以上に)廃れた不人気音楽になってしまいました。まあもともと、ハワイアンやカントリーほどの人気は無かったですけど。

 70年代の日本で最も知名度の高かったフォルクローレ演奏家はアントニオ・パントーハだけど、彼のフォルクローレはエレキ・ベースを入れ、欧米型イージーリスニング風に聴き易く仕立て直されたもので、私的に、それは極めてダッサいと思う。イメージ的には、
「どこか地方の、さびれた観光地に行く途中の国道沿いにあるドライブ・インの店内で流れてそうなBGM。」
といったところのもの。あるいは「大正琴で奏でる懐かしい日本のメロディ」のお仲間みたいなもの。

 私は単純素朴な音楽が好きだし、人からダサいとバカにされがちな音楽、つまり四畳半フォークとかアニソンとかだって好きだ。しかしアントニオ・パントーハのフォルクローレを聴くと、そういうのとは別種の嫌悪感が生じる。まあ、単純素朴というのにも色々な種類があるという事でしょうか。
 そして、アントニオ・パントーハ以外のフォルクローレ奏者、例えばウーニャ・ラモスとか、あるいは1980年代以降に登場した若い世代の奏者の音盤を聴いても、私は概ね、アントニオ・パントーハに対するのと同じような感想を持つ。

 そういうわけで、フォルクローレという音楽ジャンル全般に対する私の印象はあまり良くないのだけど、唯一↓の音盤は、数年前から愛聴してます。

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UKAMAU / Folklore de Bolivia (ARC Music EUCD 1023)

 このアルバムだけは、他のフォルクローレとは全然違う。入手したのは20年くらい前で、中身に関する予備知識は無かったのだけど、ケーニャとギター類が写ってないこのジャケット写真を見て、パントーハ型のポピュラー化されたアンデス民謡ではない、フォルクローレ本来のというか、何かしら「本物っぽい」スタイルの音が聴けるのではないかと期待して購入した。しかし、開けてガッカリ玉手箱、サンポーニャとボンボだけで演奏してるのは全14曲中の5曲だけで(しかもアルバム後半の方にまとめてある)、それ以外はケーニャとギターとチャランゴが加わった一般的なフォルクローレと同じ編成の演奏だった。
 それでちょっと騙されたような気にもなり、ロクに聴き返しもせずうっちゃいといたんですが、3年くらい前に偶然聴き直す機会があり、その時はもうジャケット写真から(こちらが勝手に想像した)中身と実際とのギャップに困惑する等の事はないわけで、そうなってからの耳で改めて聴いてみると、このグループはとても良いグルーヴを持ってる、という事に遅まきながら気付いたのです。

 そこで、フォルクローレというのも実は案外悪くない音楽なのかと思い直し、以来、UKAMAU以外のグループの音盤もちらほら聴き集めてみたりしたのだが、やはりどうも、他のは面白くない。例えば↓のアルバムは、

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ボリビア/アイマラのフォルクローレ〜グルーポ・アイマラ(キング・レコード 2008年)

UKAMAUと同じボリビアのグループで、この音盤にもサンポーニャとボンボだけの、UKAMAUがやってるのと概ね同じ曲、概ね同じ編成の演奏も入ってるのだけど、このグループは全然グルーヴしてない。それで、もともとが単純な音楽なだけに、グルーヴが無ければまるで聴けたものでないです。
 しかし、このアルバムは日本のキング・レコードのスタジオで収録されたもので、リバーブがどっさり掛けられた悪甘い味付けがされてる。そしてボンボの音量バランスは(UKAMAUと比べて)小さい。だから、グルーポ・アイマラがグルーヴしてないように聴こえるのは録音が悪いからで、実際はもっと良いグループなのかもしれない。日本人がチョッカイを出したせいで折角のバンドが台無しにされるという事例は時々起こることのようで、  

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The Gadd Gang / Here & Now (EPIC/SONY 1988年)

↑この音盤とかはそういうのの代表例かな。むしろ、このメンツを集めて全然グルーヴしない音盤を作れたのは逆にすごいわと思うくらいで、Jポッパー恐るべし。Cool Japanな音盤屋からしたらボリビアのバンドを窒息死させるなど造作もない事で、グルーポ・アイマラさんはお気の毒。ところで私は、高校生の頃はウルバンバのLPも持っていた。

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 このアルバムは、ボンボの(わりとテクニカルな)連打で始まる。それがけっこうカッコよく、当時はわりと愛聴盤だったけど、CD時代になってからは聴かなくなり、そのうちこのアルバムは誰かにあげてしまった。今回この記事を書くに当たってYou Tubeを探ってみたら数曲がUPされてて久しぶりに聴く事が出来た。自分にとって懐かしいものを聴けたのは嬉しかったけど、グルーヴという点については、とくにどうという事もないかな。

 UKAMAUのボンボは、何もとくべつな事はやってないのです。単純なパターンを、その名の通りにボンボン叩いてるだけ。しかしそれだけでグループ全体が深くグルーヴするのだから、たいしたものだと思うのです。

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 という事で、フォルクローレにとってボンボの音はとても重要だと思うのだけど、今回の私の作例で用いたボンボの音、というかボンボもどきのバス・ドラムの音は、KORG WAVEDRUM ORIENTALのバスドラを改造したものです。WAVEDRUMのプリセットにボンボは無いし、ボンボの音が入ってるサンプラーCDも探したけど、見つけられませんでした。
 1セット数万円もするような高級ライブラリとか、既に廃盤になった昔の製品とか、あるいは日本には輸入されてない外国製品とか、あるいはソフトウェア・サンプラーのみ対応のライブラリになら、もしかしたらボンボの音もあるのかも知れませんが、「高額すぎず、入手しやすく、AKAIのサンプラーで使用可能なもの」という範囲で調べた限りでは、ボンボのサンプラーCDは見つけられなかった。
 こういう点からも、現在のフォルクローレの人気の低さは伺い知れるというか、少なくともサンプラーとかDAWとかを扱う系の人にとっては、フォルクローレはまるで用無しなジャンルのようですね。

 しかしボンボとは、剛性の低い軽量のシェルに、(時には毛が付いたままの)羊の皮を緩く張った、独特な仕様の、他の打楽器では代替不可な要素が多々ある太鼓で - - - しかしこうやってボンボの特徴を列記してみると、これが現代人に不人気なのもむしろ納得ですが - - この太鼓でしか出せないグルーヴというものは確実に存在する。それは上掲UKAMAUの音盤を聴けば納得して頂けるかと思う。ともかく、デジタル既製品にボンボの音は無いのだから、私としては他の何かで代用するしかない。そこで、WAVEDRUMのプリセットを色々改造してみた結果、エスニック系のパッチよりも、意外にも普通のバスドラを作り替えたのが、私の望む音に一番近いものになったのでした。それでも、本物の音とは全然違うんですけどね。

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 マンドリンは、これもフォルクローレに特有の楽器であるチャランゴの代用品として使用したもので、じゃらじゃら掻き鳴らす感じを強調するため、それとコードを押さえ易くするため、短3度下げチューニングにしてます(下からE3-B3-F#4-C#5)。今回の作例のキーは前半がEmで後半がAmだから、コード・フォーム的にもm3下げくらいがちょど良かったです。

 マンドリンの音は、やはりチャランゴとは全然別物なんだけど、作者的には概ねこんなものでOKです。ただ、「コードを掻き鳴らすための楽器」としての適性が、マンドリンとチャランゴとでは全く異なるので(というかそもそも、ラウンド・バック・マンドリンはコードを掻き鳴らすための楽器ではない)、チャランゴならではの奏法、チャランゴ独特のコードの刻み方が、マンドリンでは上手く真似れないのには往生しました。事前の予測では、
「チャランゴもマンドリンも、コード弾きするだけならべつに同じじゃね?」
くらいの考えでいたんですけど、それは甘かった。
 チャランゴのネック幅は広く(約5cm)、つまりフォークギター等とほぼ同じである。弦のテンションはマンドリンよりも緩い(はず)。だからラスゲアード的な掻き鳴らし方で拍のアタマを「もやかす」奏法がやり易く、それを多用するのが特徴的(だと思う)。

 マンドリンでは、そういうのが全く出来ないのです。という事を実際にやってみないと分からない迂闊さがどーのこーのというのも当ブログでは毎度の事ですけど、しかし、もしもマンドリンはチャランゴの代用品たりえない事を私が事前に知ってたなら、
・そもそもフォルクローレ風のアレンジをしてみようなどとは考えなかった。
・あるいは、わざわざこれのためにチャランゴを購入してた。
かも知れないわけです。しかしフォルクローレもどきのアレンジだって、やらないよりかはやってみた方が楽しいに決まってるし、だからといって余計な出費はしたくない。ものを知らない方がお得に済む場合もあるわけで、ともかく今回のチャランゴもどきは、こんなんでオーケー。

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 16分刻みで叩いてるハンド・ドラムは、北アフリカから中央アジアまでの広い範囲で用いられてる片面太鼓、ダラブッカ風の音のつもりなのだけど、WAVEDRUMのプリセットのダラブッカではなく、Daf Egyptianというパッチを改造したのを使用しました。それで、後から知ったのだけど、Dafというのは大型のシズル無しタンバリンみたいなもので(シズルが付いてるのもある)、ダラブッカとは全くの別物なのですね。

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 北アフリカ地域で用いられてるダラブッカは音域が広く、バスドラ並みの低音が出るため、これ一つでグルーヴの縦線と横線を賄える。だからこそ重用されもするのだろうけど、今回の私のアレンジでは、バスドラ役はボンボが受け持ってるから、ダラブッカに低音は不要。
 ところが北アフリカではなく中央アジア方面で用いられるダラブッカは、低音はそれほど出ずサスティンも短く、その代わりに乾いた高音がカラカラと小気味よく鳴るものが多いようで、例えば↓のような音盤で、そういう中央アジア型ダラブッカの音を聴く事が出来る。

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タジクの音楽(キング・レコード 2008年)

 ですので私は、中央アジア型の方の音を用いたかったけど、WAVEDRUMのプリセットにそのような音は無く、ダラブッカのプリセットを改造してもイマイチで、ところが「Dafって何だろ?」と思いながらこれを改してみたらまあまあの音が得られたので、それを用いたという次第です。
 まあこれもボンボもどき同様、タジクの太鼓と同じ音にはなってないんですけどね。それとそもそも、フォルクローレ風のアレンジにダラブッカを加えたのが意味不明ですけど、今回のアレンジではドラムセットを用いたくない。しかし裏拍のアクセントは必要。だったらまあ、アジア圏の太鼓を加えて無国籍風(痛)のアレンジという事にしましょうか程度の考えでそうしたまでの事です。

(ちなみに上掲タジキスタンの音盤はグルーポ・アイマラと同じキングの製品だけど、こちらに対しては妙な音作りはされてない。キングのこのシリーズ、地域ごとに担当者が違うのだろうか?)

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今回のスチール・ギターのチューニングは、メモを残すのを忘れたのだけど、
下からC-E-G-A-C-E(C6)
だったはず。1弦がEなのは間違いなく、これは前回のHG-86Aがショート・スケールでトップがGだったから、今回のロング・スケールの86Bは(標準的なチューニングの)Eにして比較してみようという意図で設定したものです。
 使用弦は86A/Bともに、ゲージ009〜の激安NB弦。私感では、グヤのスチール・ギターらしい音が録れたのは86Aの方だったと思う。今回の86Bは、わりと普通、というか平凡。これは、もう少し太いゲージを張るかした方が良かったかも知れませんですね。

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YAMAHA AE-2000の埋め草フレーズについて;

 「ひとり上手」オリジナル音源のリード・ギターは、オベイションのようなピエゾPU付きアコースティック・ギターを卓直で録った音かも知れない。いや、普通のアコギの音をコンプ深くリバーブ多めに加工しただけかも知れないけど、どちらにしても電気加工の度合いの高い、従来のアコギ・ソロとは少し違う音色で、これも旧来のフォークっぽさから脱するための、アレンジ上の重要な味付けになってると思う。だから私としては、なるたけこの、
・アタックは丸めで、
・サスティンは長く、
・人工臭が強い擬似アコースティック・サウンド
という音の特徴を保ったまま、別の音色に置き換えたいと思った。
 そこでまず、リッケンバッカー・トースターPUの日本製コピー(というのをたまたま所有してるので)それをYAMAHA SA-2000S(改)に載せて用いてみようと考えた。
 リッケン・トースターPUはTeisco MJ-3Lの音に近い(かも知れない)PUの候補として入手したものです。私はTeisco MJ-3Lを手放したのをけっこう後悔してて、しかし再度入手するのもなんか口惜しいし、概ねMJ-3Lに似た音がするPUが他にあれば十分。それとYAMAHA SA-2000S。これは、いずれはDeArmond PUを載せるのは既定事項だけど、今までのところ当ブログでの使用例が全く無いギターだから、本体改造前の仮置きとしてリッケンPUを載せて、「お別れ録音」用の脇役としてちょこっと使ってみる、というのは色々と好都合。リッケンPUの音を試せて、SA-2000Sの使用感もチェック出来るのですから。

 ところが、いざPU仮置きのための工作を始めようとしたところ、トースターPUはギブソン系ハンバッカーよりも横幅が広いという事に気が付いた。つまり、SA-2000SにトースターPUを取り付けるためにはPUザグリを拡張する必要がある。しかし、ちょっと仮置きしてみるだけのPUの為に木部を削るなんて事は絶対にしませんから、トースターPU+SA-2000Sを使ってみようという案は、あっさり没ったのですね。

 それで色々考えるのも面倒になったので、じゃあSA-2000S同様、当ブログでの使用例が今のところ無いAE-2000にしときましょうかという事になったのです。

 今回の作例はメイン(歌パート)がスチール・ギター(エレキ)で、脇役もエレキ。しかも両方クリーン・トーンだから、扱いが少々面倒でした。歌と間奏の区別が明確でない、全体のメリハリを欠いたものになりそうで、それを避けるにはどうすべきか?
 ちなみに、今回のはフォルクローレ調のアレンジなんだから、間奏は笛系を用いるのでも良かったと、これは全ての作業が終わってから気が付いた事なのだけど、私が吹ける笛はリコーダーかティンホイッスルくらいのもので、だからどのみちこの案は没ったに違いない。それに、オリジナル版のオベイションみたいな音に似せたいという意図に、笛系の音色はそぐわないですし。

 歌のメロディーの継ぎ目を接着し、段落と段落との橋渡し役をするための埋め草フレーズは、今回のアレンジではけっこう重要な要素で(これが無いとスッカスカになるんですよ)、だから絶対に入れる必要があるのだけど、メインのスチール・ギターの印象を弱めてはいけない。
 そこで埋め草役を、PanをL/Rに振り切ったダブル・トラックにしてみたわけです。こうすれば、音量が小さくても、隙間を埋める働きは保たれる(かも知れない)。音量が小さくて、何を弾いてるかが分からなくてもかまわない。むしろ、分からないくらいの方が好都合なのだ。
 とはいえダブル・トラックである以上、全く同じ事を2度弾かなくてはならない。だからこのフレーズは、レコーダーを回しながらの行き当たりばったりな弾き流しではなく、事前にけっこうちゃんと作り込んだものなのです。その、フレーズ決めの作業の時に役立ってくれたのがBOSS GT-10

 フレーズを「ちゃんと作る」といっても、今回のは譜面に書くとか仮MIDIを作るとかではなく、レコーダーを回しながら実際にギターを弾いて、仮トラックを録っては消しての繰り返しで練り上げる、というやり方にしたので、けっこうな時間を要しました。といっても実際は一晩で済ませたのだけど、夜中になっても近所に気兼ねなく作業出来るアンプ・シミュレータが無ければ、もっと日数を要したに違いない。だからこれ、やはりとても便利なものですね。

 ただ、その事前の仮トラック作成時にはAE-2000(フルアコだから生音もそれなりに大きい)ではなく、ソリッド・エレキのNBストラト・コピーを用いました。なんせ夜通し作業するのですから。しかし、フルアコとストラトとでは音色が全然違うから、似合うフレーズも当然違う、みたいな事はある程度は予想してたけど、実際に本チャンで、ストラトで決めたフレーズをフルアコで弾いてみると、似合うかどうかという以前の問題として、例えば低音域の鳴り方がフルアコとストラトとでは全然違う等の問題がいくつか発生し、本チャン録音中にフレーズを再度作り直す必要が生じたりもしました。つまり仮トラックを録る時も、なるたけ本チャンに近い音色にするべきなのですね。当然といえば当然の事ですけど。
 GT-10には、シングルPUをハンバッカー風の音にしたり、ソリッド・エレキを生ギター風の音に作り替えるエフェクトはあったっけかな?もしあるのなら、次回こういう作業をする時は、そういう機能も利用すべきですねというのが、今回の反省点。

 それと、フレーズを決める時に用いたのがストラトだったせいか、カントリー・リック風の音型が多くなった。それはまあ、そういうのも面白いかなと思って使ったのだけど、結果的に、
・中島みゆきをフォルクローレもどきアレンジにして、
・しかしその背後ではカントリー・リックがちょこっと鳴ってて、
・しかもそれはフルアコの音。
という、なんともゴタマゼな珍味が出来上がってしまったかも。歌のバックにカントリー・リックを入れるのは、70年代以前の歌謡曲っぽくもある。なんかこれビミョー。

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 なお、今回の作例はメインのスチール・ギターを録った後、オケ全体を完成させるまでに約一年の間が空いてます。何故かというと、まずスチール・ギターの演奏のデキが悪くて、聴き直すのもイヤで、半年以上ほったらかしにした。その後、気を取り直して作業再開したものの、SA-2000SにリッケンPUを載せる案が没るとか、ボンボの音が見つからないとか、マンドリンがイマイチだとか、そういう問題が生じる度に数週間ずつ再度中断し、それが積もっての約一年だったです。いかんせん、主役が冴えなきゃやる気も続きませんわね。というか、主役の録りを先にちゃっちゃと済ませ、その後のオケ作りに時間を掛けるという段取りが根本的に間違ってる。ただ、そんなこんなも終わってしまえばどれも楽しい作業だったし、やってみといて良かったと思い返せる。スチールがアレ過ぎたけども一応は完成して、作者的にはホっとしております。

posted by ushigomepan at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 手放す機材の、お別れ記念録音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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