2013年08月10日

【お別れ録音】Teisco J5

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・ボディ表面には杢入りの化粧板が貼られ、
・ヘッドも樹脂パーツで装飾されてる。
・PUには金ラメ文字でGUITAR MIKEと記されたアクリル・プレートが付けられ、
・シールドプラグがストラトのような斜め挿しになるよう、ジャックプレートがプレス加工されている。

といった特徴を持つTeisco J5。1950年代製のラップ・スチールと同じく、丁寧に作られた工芸品的な製品です。大量生産大量輸出が本格化した1960年代半ば以降の製品とはその点が大きく異なり、同じ会社の製品とも思えないくらいだ。

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では、このエレキは何年製なのだろうか?

 リットーのビザール本によると、J-5という型番のソリッド・エレキが新製品として登場したのは1961年。
 ここだけを読むと、じゃあつまりJ5は61年製なんだと思えてしまいますが、しかし61年版のカタログ画像(ビザール本90ページ)に写っているJ-5は、ボディとヘッドの形状、そしてPUとブリッジ周辺のパーツが、今回この記事で取り上げる私が所有していたJ5とは異なり、つまり全くの別物です。

 カタログに載ってる方のJ-5は、説明文によると「鉄芯入り」との事。私が所有してた方のJ5はネックがひどく順ぞりしてたから、たぶん鉄芯は入ってないと思うけど、ネック裏面センターには(メイプル・ワンピース・ネックの裏面と同じような)埋め木があるので、もしかしたら何か入ってるのかも知れない。クラシック・ギターでは鉄ではなく黒檀棒を入れたりするからJ5はそっち系の仕様なのかも知れないけど、本当のところはネックを分解するかX線撮影でもしない限り分かりません。

 以上の事から言えるのは、ビザール本に載ってる61年に発売されたJ-5と、私が所有してた方のJ5とは別の製品だという事で、そのため私が所有してた方のJ5が何年製なのかは、よく分からないのです。62年以降ではないのは間違いなく、では61年なのか?私の印象ではそれより以前、50年代に製造されたもののように感じられます。

 ちなみに、私が所有してた方のJ5には1PU仕様とかトレモロ・ユニット付きとかのバージョン違いが存在し、それらも含めて今までに数本をネット上で見た事があります。つまりごく少量ながらも、それなりの生産数と販売実績はあったらしい。一方、ビザール本のカタログ画像に載ってるJ-5は見た事がありません。

 61年のカタログにはJ-1という製品も載ってますが、この型番は1954年に発売された製品にも用いられており(ビザール本22ページ)、それの外観と仕様は、やはり61年のものとは全く異なる。
 以上ここまで述べた、文書資料と現物との食い違いについての観察結果から、次の二つの仮説が立てられます。

・50年代から用いてた「J」という型番は継承しつつも、仕様を大幅変更した新製品が61年に発売されたのではないか?
・そしてカタログや広告等の記録には残ってないが、Jの1だけでなく2から5までのJも、50年代に既に存在してたのではないか?

 この仮説を打ち消すためには、61年より以前にJ-5は存在しなかった事を証明すればいいのだけど、しかしそれは存在しない事の証明、つまりいわゆる「悪魔の証明」で、はたしてそれは可能だろうか?それになにより、私が所有してたJ5の仕様はとても古くさくて50年代っぽいのである。

 以上をまとめた結論として私は、「J5の製造年はいつか?」という問いに対しては「証明できないけど、たぶん50年代後半」と答えようと思います。

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 でも実際のところ私にとって、そんな詮索はどうでもいいのだ。肝心なのはこのエレキが、外見は丁寧に作られた工芸品のようだけど
・楽器としては使いものにならないチャチなガラクタで、
・音的な特徴もとくになく、
・わざわざ弾いてみたいという気も起きない役立たず
だという事です。自分的にこういうダメギターは、もう弾くのも見るのもイヤなくらいなんですが、「お別れ録音コーナー」の主旨からすると私の所有歴中最古のエレキを外すわけにもいかず、だからこれの音も記録しておくのです。ボディは小さすぎるしネックは順ぞりしすぎだし、ホント弾きにくいエレキだから、録音作業は手短に済ませたい。そういう時はシンプルな伴奏に乗せたシンプルなメロディのぽつぽつ弾きでお茶を濁すのが当ブログの定番パターン。

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■アンプはYAMAHA YTA-25/マイクはAUDIX D1

このギターのコントロールは3ノブで、ネック側から
バランサー/マスターVol./マスターTone
という配置。PUのフロント/リアのセレクト・スイッチがなくて、その代わりバランサー・ノブがあるという回路です。バランサーをセンターにすると音量が下がります。
ギターは6パート。全てJ5です。各パートのノブ設定は以下の通り。

バランサートーン
アルペジオ1センターフル
アルペジオ2
メロディ(高音リア
メロディ(低音フロント
メロディ(ハモリゼロ
スライドフル

ボリュームは全てフルです。バッキングのアルペジオは1パートでは線が細すぎたのでダブルにし、更にDAWでリバーブを掛けてます。リバーブの設定は以下の通り。

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スライドにもDAWでリバーブを掛けてます。設定は、

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■ベースはYAMAHA BB-1200(フレットレス改)
ART DUAL MPM-AUDIO FireWire 410という接続で卓直。DUAL MPの設定の記録はなし。
DAWでEQし、リバーブも掛けてます。設定等についての詳細は後述。

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マンドリンの収音はMXL 600。プリ・アンプはMindPrint AN/DI Pro
マイク位置はサウンド・ホールほぼ正面。距離は約20cm。
DAWでリバーブを掛けてます。設定は以下の通り。

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■録音期間;2013年5月24/25日、6月2日

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今回のお題はPeter, Paul, and Mary (PPM)の500 Milesでした。
 弾きづらいエレキのサンプル音を残すための、シンプルなメロディをささっと弾くだけの作例。だから曲は何を選んでもいいんですが、なんでもいいのもむしろ困りもので、でも私は近頃2013年の春期は英米の白人系音楽を多めに聴いてたから、じゃあボブ・ディランにでもしとこうかと考えた。J5でバッキングを弾くなら白玉コードとかカッティングよりも、アルペジオの方が都合良さそうだから、フォーク系から選ぶのが無難。
 しかし歌詞なしインストの題材としては、ボブ・ディランの曲はシンプルすぎる。ならばPPM?などと考えながら音盤ライブラリを繰ってるうちに、1960年代末のベトナム反戦運動の時の、いわゆる反戦フォークの中から一曲を選んでみようという考えに行き着いたのですね。なぜかというに、私はガルパン大好きで、

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TVアニメ ガールズ&パンツァー公式サイト

それといわゆる、日本の戦前歌謡も好き。
 戦前歌謡とは、昭和20年より以前の流行歌全体を指すのか、それともそこから明治大正はやり歌の類を除いたものを指すのか、そこから更に日米開戦して以降のものを除くのか、この語に含まれる範囲は曖昧だけど、もともと明確な定義などはない用語なのでしょう(太平洋戦争開戦以後のを戦中歌謡と呼んで区別したりもしますけど)。
 筆者の私見では、古賀政男の最初のヒット曲「酒は涙か溜息か」が発売された昭和6年(1931)から、終戦後、美空ひばりが登場する昭和24年(1949)までが、歌謡史上の歴史的区分の一つと感じられますので、私が「戦前歌謡が好きだ」という場合には、戦中および戦後になってからの数年分も暗に含めてる事になります。

 それはともかく、その期間の流行歌には軍歌とか戦意高揚国策歌謡の類が多く含まれていて、私はそれ系の曲もけっこう好きです。だから当ブログでは今後、ガルパンに因んだ曲や軍歌の類を取り上げる可能性がある。

 それと私は、日本国憲法96条(改正手続きの規定)の改正には賛成です。

 さて、以上のような考えや趣味嗜好を公表したら、読者の皆様はどう思われるであろうか?とくにぐんくつのおとがきこえやすい系の人は何と思うか知れない。私の事を
「戦争をしたい人なんだ」
と決めつけちゃうかも知れませんですよね。しかし私はそうではないので、この点は一度どこかにはっきり書いとくべきだろうと思う。ならば「お別れ録音」の題材に反戦歌を取り上げ、それに絡めてナニするのが都合よさそうだという些か身勝手な理由で今回、500 Milesを取り上げたのでした。

 という事で、つまり私は「戦争したい人」ではない。
・しかし、戦争に反対すれば戦争をせずに済ませられるとは思っておらず、
・憲法9条(平和主義の規定)は今のままでも防衛戦は行える(はず)だから改正する必要はなかろうけど、カッコ付きのはずがどうしても付け加わってしまうのが心もとなく、だから96条改正論議がキッカケになって関連法の見直しと再整備が進んでくれたらありがたい。
・米中露の三大国が軒を接して対峙する極東地域での冷戦的代理戦争の最前線は、この先もずっと朝鮮半島であって欲しいけど、それもどうやらダメそうで、
・しかし日本がその後釜にされるのは、まっぴらゴメンである。

 とまあ筆者の思うところはどっちつかずの中立的、というよりかは利己的で日和見的な、
「政治的大局に対する影響力を持たない庶民としてはまあそうなるよな的ステレオタイプの発想が何通りかある中の一つ」
といったところのもので、だからそれをわざわざ公言するのも無駄口だけど、私も近代国家の国民である以上、国全体がある方向に動き始めたら、それにズルズルと引きずられ、気が付いたら望んでもいない地点に立たされてたという展開もありがちで、しかしそれに対抗する手段の持ち合わせもないとなると、やはり国家の動向にまるきり無関心でもいられない故、無駄口と知りつつも何かしらを書き留むべしと思う次第。

 以上のような私にとって、ベトナム反戦運動期の著名曲には違いないが、反戦歌の代表曲というわけでもない500 Milesは、ちょうど良い温度感の曲なのですね。500 Milesの歌詞内容的は「望郷歌」であり戦争はぜんぜん関係ないんだけど、歌われる状況によっては(反戦というほど積極的ではない)厭戦歌の役割は担ってくれる、という歌。

 これと関連して思い起こされるのは西條八十作詞、古賀政男作曲の誰か故郷を想わざるで、この曲は1940年1月発売。日米開戦前の作品だし、内容的にも戦争とは無関係だけど、戦時下で歌うと「厭戦歌」の意味合いを帯びるので、日米開戦以後は歌うの禁止扱いにする向きもあったらしい。つまり、禁止しなくてはならない程の人気曲だったわけですね。
 戦後もナツメロ定番曲の一つとして長らく人気を保っていたけれど、この曲は「戦時愛唱歌」なのでもあるせいか、今度はぐんくつのおとが聞こえやすい系の人からの不評を買ったりもして、なんだか損な役回りの曲です。ともかく、よく出来た望郷歌が戦時下で厭戦歌化するのは、国や時代の区別なく起こりがちだという事ですね。

 戦争については全く触れてないのに、なぜか好戦的な感じのする曲というのもあって、「誰か故郷」と同じ古賀作品の中でいうなら丘を越えて。作詞は島田芳文。昭和6年(1931)9月に満州事変が起きて、当初は関東軍の快進撃が続いた、そのさなかの12月に発売された曲。もともとは明大マンドリン部のために書かれたインストもので、歌詞は後付けなのですが。

 日本語歌曲の中で「丘」という語が用いられる時、それは「墓」の暗喩である場合が多い、という説がある。本当かどうかはさておいて(というかホントもウソもないからこその暗喩なんだけど)、その「丘」が「越える」と組み合わされると、それは「死の贖いによって手に入れた土地」という意味にまで飛躍する(場合もある)のが詩歌のマジックみたいなものだけど、万葉集の巻頭、一番最初の歌として有名な、雄略天皇の作とされる長歌、

籠毛與 美籠母乳 布久思毛與 美夫君志持 此尓 菜採須兒 家吉閑名 告沙根
虚見津 山跡乃国者 押奈戸手 吾許曽居 師告名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母

こもよ みこもち ふくしもよ みふくしもち このおかに なつますこ いえきかな のらさね
(この万葉仮名の読みは異説多数あり、上記はその一例。虚見津(そらみつ)からが後半なのは間違いないとして、そこから先の読みは不確定すぎるので略)

 この歌、前半は当時の民謡か何かの流用で、後半は国家事業として編纂される巨大歌集の巻頭を飾るに相応しいものとして誰かが創作したのだろうとするのが現在の定説(じゃないかと思う)。前後半で雰囲気が違いすぎますので私はその説に則りますが、前半は典型的な求婚歌。しかしそれがこの後半と組み合わされた途端、前半の「丘」が政治臭を帯び始める。天皇がヤマトの国を見晴らそうと立つ場所、それが「丘」であるなら、その足元には大量の死者の影が封印されてるのだという、この解釈も読みのアテ方によっていくらでも変化するのだけど、後世の学者は(国粋系の人もその反対の人も、まるで暗黙の了解事項のように)強力な支配者像を念頭に置いてこの歌を解釈しようとする傾向が多かった。
 ともかくそういうような事もあって、だから日本の詩歌での「丘」の暗喩は特別なものなのだ。この時代から1970年代の、例えばアグネス・チャンの「丘の上で白い花を数えながら誰かを待つ娘」の暗喩まで、日本の詩歌は一つながりの歴史的全体像を形成してるとさえ言えなくもない。

 最近の言語学会では、日本語をクレオール言語であるとする説が出てきたらしい。つまり日本語形成期の日本列島は、複数異人種のモザイクだったという事。これは日本人の人種的特徴(日本列島全域で単一の、日本人種というようなものは存在しない)と併せて、かなり納得できる考えだと思う。
 そして、日本人が文字記録を残し始めるよりも前の時代のどこかで、16世紀戦国時代などよりずっと激しい異人種間の戦闘、殲滅戦的な殺し合いが繰り返され(日本語がクレオールなのだとすると、そういう想像も現実味を増すわけだ)、最後に勝ち残ったのがヤマトであると宣言するために創作されたのが万葉集の第一歌なのだとしたら、つまり万葉集の頃から歌は、政治装置として利用されてたようにも思われてくる。まあ当時のメディアとしては他に何もないのだろうし、そうなるのも当然かも知れません。

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 話しを現代に戻すと、日本で電波メディアの影響力が最も強かった時期、いわゆる「電通が笛吹けば皆踊る」といわれてた時代は、たぶん1970年代から2000年頃までの期間内のどこかだと思うけど、その頃の世論誘導は「東亜諸国とは波風立てず穏便に」という方向性の、平和主義的だが土下座的でもある外交姿勢を是とする勢力が主流派だった。

 マスメディアの影響力が強かった時期に戦争をする事にしてれば一気にそうなったかも知れないが、その頃は非戦論が主流だった。そしてマスコミのマス操作機能が縮小しつつある現在になってから好戦論が盛んになるのも、なんだかチグハグな感じです。しかし、誰もが(例えば今わたしがここでこうしてるように)自分の思うところを思うがまま、ネットに好きなよう書き晒し、それでまあまあの満足感が得られる仕組みは整っている一方、かつてのマスメディアが担っていた世論形成のための仕組みは失われ、それの代替品がまだ現れてない現状では、戦争に賛成するのも反対するのも、どのみち大きな世論とはなり得ない。国会議員の党派配分と世論の中身が一致してるかどうかも、よく分からない。こないだまでは民主党ばっかり、そして最近は自民党ばっかりという風に振れ幅が大きくなったのは、小選挙区制効果なのであるし。

 ちなみに私は今まで、選挙に行った事がありません(何年も前、写真絵日記を熱心に作ってた頃に一度だけ、更新ネタ作りのために行った事はあります)。行かない理由は、
「私の投じる一票が選挙結果を左右する事は絶対にないから、わざわざ出かける必要もない。」
からですね。選挙権の行使を拒否する!とか投票率を下げたいとか、そういう考えもありません。
 でも一応、もしも私が選挙に行ったら誰に投票するかを考えてみると、いつだかの民主党が大勝した選挙の時だったら民主党に入れてただろうし、その次の自民党が大勝した時には自民党に入れてたと思う。
 音楽用の機材を選ぶ時、しかしそれが自分的に絶対に必要なものではなく、あったらいいけど無くてもかまわない程度の、例えばアンプシミュレータ兼用デジタル・マルチとかを選ぶ時に、どのメーカーのにしようか迷った、という事が実際にあったのだけど、この場合の「迷い」は知識不足と思い入れの浅さが原因なので、そういう時はボスにする。「みんながそうなら、じゃあボクも」という決め方。私が選挙に行ったら、これと同じ方針で投票先を決めると思います。
 しかしそうなると、たぶん私以外の大勢も投票するだろうと予測される側に私が更に一票を付け加えるのも蛇足だから、つまりやはり、わざわざ投票所まで出かける意味もないわけです。そして上記とは異なる、例えば「僅差が予想される選挙で」とか「絶対に当選させたくない候補者がいる」とかの場合を想定したとしても、常に同じ結論「わざわざ出かける必要はない」が導き出されます。

 念のため書いておきますが、私は、投票しに行く人を無意味な事をするものだとでも思ってるのかというと、それはまるで逆で、私の代わりに投票しに行く人が大勢いるからこそ、私は不投票でいられるのだし、「自分の一票に影響力は無い」と考える人は私だけではなく、とくに無党派層のかなりの割合の人はそうなのではないかと想像される。けれどそれでも選挙に行く人は行くし、私の場合はまるで行く気が起きない。なぜそういう違いが生じるのか?

 「わざわざする意味がない」なんて事を言うのなら、例えばこのブログに記事をUPするなんて「わざわざする意味がない」の最たるもので、しかし私はブログ更新のために日々かなりの労力を費やしていてるのだから、する意味がない事は絶対にしない!とか、してはいけない!などと決めつけてはないようで、まあたぶん、
「わざわざする意味がない事をする意味はなくはない」
くらいの感覚を持ってるのだろう。

 音楽機材選びの喩えをもう一度用いると、私が一つ買い物をすると、それは市場規模全体からすると無きに等しい金額だけど、それでも機材一つ分の経済効果は確実に生じる。というか、そんな砂粒の一つが他にも沢山積み重なって、大きな市場規模を成り立たせてる。「塵も積もって山となる」というのも時代な言い回しだけど、驚くべき事に、それは事実なのですね。
 しかし選挙での投票行為は、統計によって表される全体像を作るためのもので、選挙が終了した瞬間、私がこれに関与した事の個々別性は消滅する。私の行為の一回性は、統計の数字の海に呑み込まれ霧散してしまう。というか要するに選挙制度とは、これに関与する個々人の多様さを勝ち負けの二極に整理し直すための仕組みで、これによって私たちは確かに政治参加できるのだが、選挙結果はけして民意をよく反映してるのではない。
「選挙が → 民意を政治に反映させる」
という言い切り方には、巧妙な単純化が含まれてるのだ。
 ならば小選挙区制ではなく比例代表制に重きを置くよう制度改革すべきと思うかというと、そんな事をしたら国会の議員配分は二大政党均衡になるか小政党の乱立になるかして、国政は混乱する。つまり大衆が政治に関与する度合いを高めてもロクな結果にはならない、と私は考える。

 というような諸々から察するに、私はたぶん選挙制度の意義を上手く理解出来てないのであろう。という事はつまり民主主義とは何かが理解出来てないという事になりそうだ。ついでに言うと、近代法、近代国家、民主主義、そういった諸々の根幹にある「基本的人権」、これも私にはよく分からない。そこで以下に、私が民主主義と聞いて思い付く事を手短に書き出してみます。

・民主主義とか、選挙によって政治家を選ぶとかの政治手法・国家体制は、紀元前のギリシャに既に存在し、この方式を押し進めると衆愚政治に至る故、民主主義はあまり優れたものでもなさそうな事は、とっくの昔に検証済み。
・王制、独裁制にも不具合多々あり。これも既に検証済み。
・共産党独裁とかも上に同じ。

・現在のフランス第五共和制の方式=手続き上の民主主義とエリート独裁的な側面との併存、ここら辺が近代国家の政治体制としては、今のところ最良の落としどころかなと思う。
・しかしフランスはヨーロッパ随一の多民族国家。それを少数のエリート階級が支配するという構図が千年前からだか続いてる国で、そのフランスの現状を別の国が真似るのは無理。
・政治は、机上で設計図を引いて、その通りに装置を作ればOKではなく、どうしても現場合わせで細部の詰めをする的、人治裁量主義的なあれこれが必要。
・そして人治裁量主義を暴走させないための枷としての「法」が必要。
・となると私は、(人治が法治に優越すべきとは絶対に思わないが)政治の古層は人治であって、これを無くす事は出来ないし、無理に無くす必要もない、程度の事を考えてるようである。
・だから、紙に書かれた法律を神聖なものであるかのように扱う系の人 - - とくに9条護憲派 - -、この人達の頭の中がどんなだかは、まるで想像がつきません。学校で何かヘンなのを教わって、そのまま大人になっちゃったのだろうか?
・私が通ってた小学校の音楽教師は歌声運動の残党だった。高校は日教組の巣窟だった。だからそういう、行けば行くほどアレになっちゃう学校が実在するのを身を以て体験してるので、ヘンなのを教わったままみたいな人がいるのも成る程なとは思うのですけど。
・まあ小学校の時に習ったピオネールの歌とかは、今でもけっこう好きなんですけどね。そして戦前歌謡や軍歌も好き。私は不埒な音曲愛好家故、理屈や由来よりも耳優先ですわ。

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・日本での民主主義は欧米の擬態のようなもので、日本型政治の本質とはあまり関連してない。外見上、概ね欧風になってる現状は、これはこれでOK。
・いかんせん西欧と日本とでは、現在に至るまでの歴史的経緯が違いすぎる。
・日本独自の政治的現実に、どのような欧風式の見せかけを与えるかは、近代日本の主要な課題であり続けた。
・1945年までは(政治的実力を持たない天皇を君主に据えた)立憲君主制。それ以降は(自由選挙を実施した上での)国家社会主義。小選挙区制導入以後はアメリカ風の(しかし大統領は存在しない)2大政党交替方式。
・と、こう振り返ってみると、その都度一番都合よさげなスタイルに乗り換え、それなりに上手く立ち廻ってきたと評価できる。
・しかし表面上は大変化しても土台はあまり影響を受けない、という点が実に日本的だ。

結論;
日本型の政治方式は安定度が高い。だから私は、安心してこれを傍観してられる。だから私は選挙に行かない。

 以上いろいろ書き並べましたけど、「選挙には関心が無いし面倒だから行かない」の一言で済ませるのと、大した違いもありませんでしたねえ。これはホントに無駄口だった。
 私は日本の現在の政治体制を、とくに悪いものとは思っておらず、というか、現状よりも優れた状態を思い浮かべる知恵がなく、政治の現場では各部門の専門家が細かな改良に日々取り組んでるに違いないのだから、それに対して門外漢が口を出すべきではなかろうと思う。
 大統領制にしたら等々の、そういう西欧擬態のあれこれも、だからどうでもいい感じです。外観を変えても中身は変わらない。新しいオモチャを与えれば当面グズり止む子供の相手もしてやるのが親、じゃなかった、為政者の務めなので、大統領制にした方が良さそうだったらそうすれば良い。ガス抜き効果くらいならありそうですし。
 日本とは、もう1500年近く航行を続けてる巨大学園艦、じゃなかった、巨大タンカーのようなもので、だからおいそれと方向転換なんて出来ないですよ。今、舵を切ったとして、舳先が新たな方向に向き直ったと分かるのは150年後くらい。「日本を変えるんだ」みたいな事を本気で考えるなら、それくらいの時間尺度でナニする必要があるけど、それが出来るのはかなり特殊な資質と立場を持った人に限られますでしょう。あまりガマン強くない人は、変身した気になれるステッキでも振り回してハシャいでればよろしい。

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 ただ私は、原理主義の台頭だけは起こって欲しくない。原理主義者が政治の実権を握る、あるいは政治に対して強い影響力を持っている社会。それは最悪の状態なので、日本がそうなってしまう可能性がもしも生じたら、全く政治力を持たない一個人に過ぎない私であっても、なんとかそれを押し留めるよう力を尽くしたい。

 原理主義というのは、「イスラム原理主義」という言葉ばかりが有名になってしまったけど、元々は20世紀初頭にアメリカ・プロテスタントの一セクタが自称したFundamentalist Christianity(と、その日本語訳「キリスト教原理主義」)。それが後に批判的・侮蔑的な意味合いを込めるための符丁として汎用化し、現在は宗教分野以外の、市場原理主義とか科学原理主義とかの用いられ方もされるようになったけど、全体に共通の意味合いは、
「単一の原理(あるいは教典に書かれた真理など)によって世界全体を統一的に理解、あるいは支配しようとする思想傾向、ないし政治指向」
とでもまとめられるかと思う。
 (もともとの宗教がらみの原理主義者は、教典に書かれてる通りを現実の社会に当てはめようとする宗教家を意味してたけど、用語の適用範囲が拡散したため、意味合いが少々曖昧になってるっぽい。)
 だから現在、原理主義という言葉の意味は、昔からある教条主義とか至上主義に接近してるのでもあるが、教条主義・至上主義と違って原理主義は、どういうわけか社会的弱者や底辺層、貧困層にウケが良いという性質を持ってる。教条主義・至上主義はエリート層やインテリがカブレやすいもので、大衆的な拡がりは起きにくく、社会全体への影響は限定的だったけど、なぜか原理主義は、そうではない。そして地球全体で見ると底辺層・貧困層の人口比は大きいから(富の分配は正規分布ではなく、平均以下の方の割合が圧倒的多数)、原理主義の影響力は大きいのである。
 だから原理主義とは「大衆化した教条主義」「大衆から支持されうる教条主義」であると定義出来るかも知れない。
 ただ、原理主義の特徴は以上の点だけではない。更に重要なのは、原理主義に社会的格差や貧困を解消させる働きがあるのなら、それは素晴らしいのだろうけど、実際には、原理主義は社会的格差をより強固に固定し、貧困者を貧困のままの状態に縛り付けてしまう働きがある(ように思われる)。原理主義は、その支持者を利するよりも害する傾向が強いのに、支持を集めやすい。この点で原理主義は、非常によろしくないものです。

 なぜ原理主義が弱い立場の大衆の支持を集めやすく、更に、その支持者を害するのか?その理由は私には分かりません。色々な事例を観察した結果、こう結論せざるを得ない傾向が明確にあると考えられるだけです。
 原理主義は、それの支持者の貧困状態を解消しはしない。ただ、富める者を自分らと同じ貧困状態に引きずり降ろしてくれるかも知れない可能性をわずかに示す故、弱者に支持されるのかも。
 となると例えば、「100億円以上もする戦闘機を買うなら、そのお金を福祉に回そう」式論法の根底にも、原理主義的な傾向がある(あるいは、原理主義者の発想法と共通する面がある)という事になるのかも。日本は、国防に多額の予算を使える規模の国であり、多額の予算を使ってでも守る価値がある国。だからこそ、その国格に見合う福祉も可能だというのに。

・アメリカには、学校で進化論を教えるのを禁じる「反進化論法」というのがありますが、これは20世紀前期にキリスト教原理主義者の押しで成立したもの。進化論は聖書の教えに反するそうな。1960年代に一旦廃されたけど、最近になって復活した。
・ナチスの人種政策の背景にあったのは優生学と社会ダーウィニズム。この思想には進化論原理主義的な傾向があったともされる。
・そして、20世紀前半にアメリカの州議会レベルでキリスト教原理主義が優勢になり反進化論法が成立してしまったのは、ナチズムと社会ダーウィニズムへのアンチが力添えするという偶然が重なったからだともされる。
・最近また反進化論法が復活したのは、イスラム原理主義との対照でキリスト教原理主義が力を増したからである可能性が高い。
・原理主義とはこのように、社会をこじらせてしまうのだ。

ところで、日本でも何かの原理主義が大きな勢力を得たりする可能性があるのだろうか?

 原理主義は、底辺層・貧困層に支持されて拡大するものである。しかし日本は、底辺層・貧困層の割合が(世界全体と比べると格段に)低い国である。それは例えば、世界各国の都市部のスラムの現状を比較してみると良く分かる。日本国内の富の配分は、地球の常識と比べはるかに(むしろ異常なほど)正規分布に近い。だから、日本で原理主義が台頭する可能性は、現状ではそれほど高くないと思われる。

 ちょっと前に禁煙ファシストとか節電ファシストとか呼ばれる人がいましたでしょう(今でもいるかもですが)。あの人達も中身的には原理主義者に近い。しかし扱ってるテーマの範囲が限定的・各論的で、つまり嫌煙家や節電マニアは小規模な原理主義者であるため、彼らに与えられるべき符丁は原理主義者ではなく(些か嘲笑的な意味合いを込めた)ファシストが相応しいと「世間の空気」は判断したのではなかろうか。それと、自身の思想を表現する際の行動が暴力的・攻撃的だと、ファシストと呼ば易くなるという事もありますね。
 このタイプの仁は「うっぷん晴らしのためのターゲットを見つけて、ちょっと舞い上がっちゃってる人」なのでもある。空想物語に出てくるような悪役、絶対悪、闇の組織の類を現実世界の中に見出し、それに対峙する自分を「正義」の側に位置付けてる。そのため自信満々で、持論を他者に押し付ける事をためらわない。
 また彼らは、世の中が悪いのには原因があって、それを無くせば世界を良く出来ると考える「原因排除型改革論者」なのでもあって、これが大規模化すると民族浄化政策等に至る。だから極端な嫌煙家や節電マニアをファシストと呼ぶのは、たしかに「うがってる」一面がございます。

 世直し提言に見せかけた「悪者探し」の記事は素人ブログでも定番の人気テーマですけど、イワシの頭も信心の裏返し(といっていいかどうか)、大は「宇宙にブラックホールがあるのが悪い」から小は「おまえのケツの穴の小さいのが悪い」まで、悪者は森羅万象のいたる所に見つけ出せるからネタの尽きる事もなく、暇つぶしの作文には格好の題材です。
 しかし原因排除型改革案は、現状に「ある」ものを無くしろと訴えるもので、それを実行するには強力な政治的強制力を要するが(ことによったら排除対象とされた人物の生存権を奪う事を企図する)、たいていの原因排除論者はいわゆる「普通の人」で、つまり政治的強制力など行使できないのだから、自分の提言が本当に実現されるわけがない。それは最初から分かり切ってますよという暗黙の了解が存する前提で、軍ヲタのたらればトークのような、あるいは未来から来た猫型ロボットが何でも解決してくれる夢物語のような、こんなこといいなできたらいいなの繰り言を紡ぎ続ける、それがつまり世直し提言型悪者探し。
 しかし私は、そういうのは無意味だとか、無駄だから止めろとは思いません。原因排除型思考は全ての人間の脳に備わってる基本的なアルゴリズムの一つではなかろうか。ならば、それを無理に無くそうとする事の方が無駄である。問題は、原因排除型思考を脳内で暴走させてる人が多数、一つの目的で団結してしまうと、民族浄化政策でさえも本当に実行してしまう事なので、それを防ぐためには、我々の「悪者探しをしたがる心」を一点に集中させないようにするのが有効ではなかろうか。そのためには取りあえず、悪者候補は多いほど良い。つまり私は、ネット上で日々更新される多種多様な悪者リストが、原因排除型改革論者を暴走させないためのガス抜き弁として機能してくれる事に期待します。

 さて、禁煙とか節電とかではなく、例えば反原発とかの、より範囲の広い(とでもいうような)題材になると、これに関わる人を貶すために原理主義者という語が用いられる場合も出てくる。実際、2ちゃん等ではそういう用例ががあったはず。
 しかしまた、憲法9条の改正に絶対反対の人達は、9条信者と呼ばれる事が多い。ここら辺の語彙の使い分けのセンスは面白いもので、誰が決めたか知らないが、実際のところなかなか適切ではなかろうか。護憲派は(自称)平和主義者であるし、今まで通りを守ろうとしてるのだから排除型改革論者ではない。だからファシストという呼称は似合わない。では、原理主義者と呼ばれないのは何故かというと、9条なり平和三原則なりには原理主義の名に値するほどの普遍性はない、という事を護憲派自身が充分認識してるのが見え透いてるため、9条信者は原理主義者呼ばわりされるのを(今のところ)免れてるのではないか?と、これはちょっと根拠薄弱な推論ですけど、私は護憲派も、中身的には原理主義に近しいと思ってます。

・宗教の教典に記された文言を後世の人間が書き替える事は許されない。
・どうしても書き替える必要があると判断した宗教家は、既存の教典を書き替えるのではなく、新しい宗派を創設しなくてはならない。
・ただ、古くからある教典を社会の変化に対応させるため、文言を書き替えるのではなく、文言の解釈を変更するとか、註釈を書き加えるという方法なら、既存教団内に留まったままそれを行うのが認められる事が多いようである。
・教典は、いつ・誰が・誰のために・どのような目的で書かれたかが、たいていは明確に示される。

・一方、法律とは一般社会の中で機能し、社会の状況に応じて変化するべきものである(ただし、頻繁に書き替えすぎると正当性を失う)。
・むしろ法律とは、(社会状況が常に変化してるのだから)法律もそれに対応出来るよう変化しないと正常に機能しなくなる。
・この点で宗教と法律とは、かなり異なるものである。
・しかし法律が、いつ・誰が・誰のために・どのような目的で作られたかは明確で、この点では宗教も法律も同じである。
・ただし宗教での「いつ・誰が」に、歴史学的な正しさは求められない。宗教の教祖は想像上の人物でもかまわないし、教典がいつ誰によって書かれたかなど、たいていの信徒は気にとめないものである。
・しかし法律の「いつ・誰が」には、そういう非現実性は許されない(少なくとも現代の法律では)。
・法律の「いつ・誰が」は、その法律の中身と同じくらい重要で、その法律の正しさ(現在の状況に対する適切さを保ってるか)が審議される際は、「いつ・誰が」作ったかの記録と一体で評価されるべきものである。この点、宗教と法律とでは大きく異なる。

以上をまとめると、
・聖書の書き換えは不可。法律はOK。
・聖書が、いつ・誰によって書かれたかはそれほど重要ではない。法律の場合は重要。
となります。

 なんでこんな事を書いてるかというと、9条護憲派の人の中には、9条は条文にのみ価値があって、書き換える事は不可。そして「いつ・誰が・誰のために・どのような目的で」作ったかは無視してもかまわないと言う人もいるからです。9条否定派の(わりと定番の)論拠の一つに、
「現行憲法は敗戦時にどさくさ紛れっぽく、アメリカが作って日本に押し付けたものだから改正すべき。」
というのがありますけど、極端な護憲派はこれに抗するため、9条の成立経緯は無視しろと言う。紙に記された文言だけに価値と意義があるのだという。となると、彼らにとっての9条とは法律の条文であるよりも、宗教の聖句に近しいものらしいと思われてくる。ならば、護憲派が9条信者と呼ばれるのもなるほど納得。そして、国政の根本法(憲法)を聖句のように扱う彼らの本質は原理主義者的であると、私には思われるのです。

 9条の成立経緯に問題を感じるなら、
1. 成立経緯も含めて、これは日本にとって良いものだという理屈を押し通すか、
2. 96条を改して改憲しやすくしたうえで「9条は改さない」と改めて決定する(非改という意志決定を行ったという記録を作る)。
のどちらかにしたら良いように思われます。筆者は「96条は改すべき・9条はとくにどうとでも」な立場だからそう考えるのだけど、護憲派の人の感覚は違うのだろうか?

 ちなみに、集団自衛権行使とか自衛隊の海外派兵を現行憲法下で実現するためには現在、条文の「解釈」を操作する事で対応がされてますが、それは宗教家の手法に類似してるわけで、つまり自衛隊の権能拡大を推す立場の人も宗教の方法で憲法を扱ってる、この現状もいかがなものかと思います。

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 ともかく、日本にも原理主義的な思想傾向の人は少なからずいる。しかし今のところ、日本で原理主義が大きな勢力になりそうな兆候は見られない。マスメディアが弱体化し世論形成がされにくく、圧倒的多数派が出現しにくくなった現状は、その点で好ましい。1枚のシングルCDが200万枚以上売れるような、気色の悪い状態が長らく続いてた日本だけど、最近はそうでもなくなってホント良かったと私は思ってますよ。

 しかし日本は過去に、1945年に至るまでの約10年間、国家原理主義に陥ってた時期があるので、日本が原理主義に陥る危険性は全く無いという確信を、私は持つ事が出来ません。「1945年に至るまでの約10年間」というのも曖昧な言い方で、その開始時期は特定出来ないけど、1936年の2.26事件から38年の国家総動員法、その近辺のどこかで、日本は原理主義状態から完全に抜け出せなくなってしまったのではなかろうか。

 今ここで国家原理主義と呼んでるのは、普通は国家主義とか国粋主義とかと呼ばれるものの事です。従来から使われてる用語がちゃんとあるのに、それを原理主義と言い換えるのもナニですが、日本が将来再び1940年代前後のような状態に陥るとしたら、その時の状態への呼び名は国家主義よりも国家原理主義の方がより相応しくなってるとも予測され、それとここまで書いてきた文章の流れもあって、当稿では国家原理主義という語を用いる次第。

 1945年までの日本の政治体制は立憲君主制で、独裁制ではないです。しかし「日本は独裁国家だった」という誤認へ誘導したがる文筆家は多くて、
「第二次大戦中、ドイツではヒットラーがどーのこーの!そして日本では」
と勇ましい事を書き出すんだけど、具体的に、日本の独裁者が誰かという点はなんかゴニョゴニョな作文をいまだに見かける。いや、天皇や東条英機を独裁者と断ずる例もあるだろうけど、今どきそれで釣られる読者も珍しかろう?1945年に至るまで、大日本帝国憲法は停止も廃止もされず、国家運営は合法的で、戦争中も内閣交替や選挙は行われた。だから戦前の日本は独裁国家ではない。だから日本はエラいのではなく、形式上の合法性は平時と同じに保たれていても、実際は国家原理主義に支配されてしまったのだ。つまり、民主主義と国家原理主義は併存しうる。だから現在の議会制民主主義という形式を保ったまま、日本が再び国家原理主義に陥ってしまう可能性は、あるのです。

 では具体的に、日本で原理主義が台頭するとしたら、それはどのような内容(あるいは外観)のものになるのか?その予測は、私には出来ません。ただ、原理主義に陥りやすい人格タイプはわりと明確で、既に述べたように、
・絶対悪に対峙する自分を正義の側に位置付ける人
・原因排除型改革論者
は潜在的な原理主義者である。それと、
・紙に記された文言を金科玉条の如く信奉する人
概念を人格化して理解しようとする人(つまり陰謀論者)
・自負心が強すぎる人
このような特性を併せ持つ人が経済的に困窮したり、自分の実力からすると低すぎる報酬しか受け取れてないと感じるような経験をして、そうなった原因を社会全体のあり方に求め始めると、原理主義に陥りやすくなる。
 「紙に記された文言」というのは、宗教の場合は教典の事で、法文の場合は憲法9条とかで、そこに書かれてる内容を絶対視する人は進化論を否定したり、偶像崇拝禁止だからという理由でバーミヤンの石像を破壊したりする。これはまあ、典型的な原理主義的行動だと言える。

 「絶対悪に対峙する自分を正義の側に位置付ける人」という書き方を単純化すると善悪二元論者、もっと単純化すると正義感の強い人とかになりそうで、しかし、そういう人達がおしなべて潜在的原理主義者であると誤解されるのは筆者の本意ではないので、少し補足します。まず、原理主義に陥りやすい「正義派っぽい」人は、
・もともと、世界の成り立ちを善悪二元論的に認識してたのではなく
・経済的困窮等で傷つけられた自尊心を早急に補填する必要に迫られてる。
という初期状態があって、その後に、
・自分が貶められた原因を何かに見出し、
・それを「悪」と意味付ければ、自分は必然的に「正義」となる。
という認識順で善悪二元論に至る。つまり自分を誉めて欲しい要求の方が先で、それが無理だと悪者探しを始めるという流れです。だからこのタイプの人にとって本当に重要なのは善悪の区別ではなく、そして彼の思い浮かべる「悪」とは、実際は自分自身の欲求の反映でしかない場合が多い。つまり正義派原理主義者は「鏡を相手にケンカしてる」系の人ですね。
 だから例えば、「日本社会は拝金主義で腐ってる」的な事をぷんすか連呼してる人の真の欲求は、(正しい社会の実現などではなく)である。だからこのテの人は札束の一握りでも与えられればコロっと機嫌を直すのだろうけど、しかしそんな慈善家が現れる道理もなく、その代わりにインチキ宗教家みたいのが、彼の悩みに応える風を装って接近してくる次第です。

 物事の、あらゆる現象を因果と捉え、その原因は何かと考えてしまうのは、人間の心(あるいは脳)の特性だから、その結果、自己擁護のための原理主義的善悪二元論に陥りがちなのは(起こりがちな事である、という意味で)しょうがない事なのだし、そういう人の人間性がとくべつ愚劣なわけでもない。お金が大事なのも、現代社会では当たり前。しかし、こういう心の状態の人が組織化され政治集団化してしまうと、いろいろ面倒な存在になってしまう。それは誰にとっても、困った問題なのです。

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それはさておき、日本がかつて国家原理主義に陥ってたというのは本当であろうか?そう考える根拠は何か?

・まず、幕末に開国して以来、対欧米交渉では常に不利な条件、不平等性を強いられたという意識が日本側にあって、
・つまり国際社会での日本は弱者であるという自己認識があって、
・その状態を脱するにはアジア全域を一体化する必要があり、それを主導するのは日本である、という考え方が発生。これは集団的自我の肥大化と自負心の過大化の現れでもある。
・当初は政治的・実利的な目的で掲げられた汎アジア論が、(八紘一宇等のキーワードを得たりもして)昭和初期の頃には世界のあり方についての思想的なものへ変質。
・開戦してからは、英米を鬼畜と呼ぶ事で絶対悪を発生させようとし、
・政治的実際性に即した戦況判断を行えず、国体という観念を守る事が至上命題化し、終戦時期を決める判断が遅れた。
・自爆・自死が不可避の戦法を行う特別攻撃隊(特攻)が編成され、それが組織的に実行された。

 以上、戦争中の日本の振る舞い方の例をいくつか挙げてみると、私の考える原理主義の特徴に、まあまあよく当てはまるのではないか?中でも象徴的なのは特攻作戦 - - 戦闘機や戦艦を用いた自爆戦法 - - 、これが立案され、大勢の人間がこれに従い、死者数は日本側だけでも(推定)1万5000人前後に達したという、ちょっと理解しがたい事が起きたのはなぜだ?なんであのような作戦が実行可能だったのだ?集団的狂気に陥ってたとか、日本人の国家観が特殊だからとかの説明は色々あるけど、どれも最終的には「あの時代に生きてなければ分からないだろう」という結論に辿り着くようで、それでは十分に納得は出来ない。ならば、国家原理主義というキーワードでこれを説明できないだろうか?

 とはいえ、起きてしまった事の後付け説明に熱心になりすぎるのは良くないし(説明の仕方なら何通りでも作り出せるが、それの正しさを証明するのはたいてい不可能)、現代の戦争観によると、20世紀前半型の総力戦はもう実行不可能だし、徴兵制は不要(というか役に立たない)というのが一般的。だから特攻作戦のような愚行が再び繰り返される事もないと安心して大丈夫、なはずなんだけど、原理主義に陥った社会に、そういう常識は通用しないのですね。自滅戦法という形態は発生しなくとも、べつの形の理不尽さが私たちに再び強制される可能性がゼロだとは言い切れない。だから、原理主義の台頭だけは、絶対に阻止するべきと私は思うわけです。

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 原理主義者が政治の実権を握ったり、政治に対して強い影響力を持っている社会は最悪である。では、その「最悪さ」の原因は、原理主義的集団を構成してる個々人にあるのだろうか?それとも、その集団の首領が「悪」なのだろうか?
 私は、そうではないと考える。原理主義者は悪役ではない。原理主義に悪が内在されてるのでもない。それに、原理主義的集団の主たる構成員は社会的弱者であるが、彼らは政治的実力を持たないが故に弱者なのであり、そのような者が何人集まっても大きな政治力にはなり得ないであろうと、民主主義(多数派有利論)に懐疑的な筆者には思われてしまう。

0+0=0であり、0×50億も、やはり0である。

 だから彼らはテロを実行しがちなのでもあるけど、それより問題なのは、無力な者が一つの集団にまとめられると、外部からコントロールしやすくなる、という事。さらに、外部からコントロールされて一定方向に動き始めた原理主義者集団は、いつまでも外部者(当初の指導者)の意図に従うとは限らず、予想外の方向へ暴走してしまう事もあり得る、という事。

・1933年にドイツでは、ヒットラーが首相になった。それは原理主義者集団をコントロールする事で成し得た成果である、のだとして、
・1934年、ヒットラーは大統領制を廃し、自らが国家元首の地位に就き、そして原理主義者集団は暴走し始めた、とは言えないだろうか?

 ここで注意すべき点は、当時のドイツの原理主義者たちをコントロールしたのはヒットラーではないという事。彼が成し得たのは、原理主義者の個々人を大きな集団にまとめ上げた事(と、まだそれほど原理主義的でなかった人々を、原理主義者になるよう焚き付けた事)。そして、ヒットラーがまとめ上げた原理主義者集団をコントロールしてたのは、彼とは別のポジションにいた個人ないし集団だったのではないか?
 しかし、ヒットラーとは別ポジションの者の存在を想定するのは陰謀論である。それより常識的なドイツ史理解では、ワイマル体制への不満、連邦内各州同士の反目、共産党の台頭といった諸要因が重なった結果、ドイツ内政は混乱してた、あるいは政治的空白が生じてた。そのタイミングで漁夫の利を得るように、ナチスが一気に政権掌握した、とされるのが(たぶん)一般的。

 日本で日中戦争あるいは太平洋戦争の開戦が決定された時、その戦争は総力戦ですから、国民大多数の支持を得なければ開戦決定は不可能だった。あれらの戦争は、軍部が独走して起こしたのでもなく、独裁者が勝手に起こしたのでもなく、日本中のいわゆる普通の人の多くが支持したからこそ開始できたのだ。この事は否定あるいは無視されがちだけど、憲法が改正され日本史が新たな一段階に踏み出す可能性が高まってる今だからこそ、この件は明確に意識し直し、当時の記録を整理し直し、その結果を公的歴史書に明記すべきと思う。
 さて、では日本がそれらの開戦を決定した時、それを支持した人々は原理主義的だったのだろうか?それは私には分からない(開戦にとくに積極的だった者は原理主義者的だったかも知れないと、その程度に限定的な事なら言えるかも知れない)。では、開戦して以降はどうだったであろうか?
 日米の戦力差は歴然としていて、短期で終結させない限り勝ち目がないのは関係者一同に充分認識されてた。なのに、必要以上に長引かせてしまったのは何故か?国民集団の意志がコントロール不能になっていたのだろうか?こういう現象を説明する場合、普通は集団心理・群集心理・大衆心理などの言葉が用いられるから、原理主義がどーのなどと言い出す必要はないのだけど。

戦争は、始めないのが最善の策である。
もし始めてしまったら、最良のタイミングで終結させるのが次善の策である。

 太平洋戦争を適切に終結させられなかったのは、当時の国政の失策である。しかしそれは過去の話だからまあいいとして、看過出来ないのは、現憲法下で他国との戦闘状態が発生した場合、やはりそれも「終わらせ方の分からない戦争」になってしまう可能性があるという事です。いや、今はまだ戦争など始まりそうもない、その段階での想定なら、日本に許されてるのは防衛戦だけなのだから、敵を押し返した時点で速やかに終結させれば良いだけと考えてしまうけど、それは机上論である。
 戦争は、自国と敵国の二国間だけの問題では済まされない。周辺国も巻き込んで、開戦前には全く想定されてなかった事態が発生する。とくに世界の三大国(米中露)が軒を接するアジア極東地域で、この圏内での最大級の軍事大国である日本が戦争を始めたりしたら、その影響は少なくとも北半球全域に及ぶ。
 仮に日本vs中国で開戦し、それによって中国が政情不安に陥りそうだと判断された場合、日中以外の各国は、
・累が自国に及ばないよう防衛線を張るか、
・漁夫の利を得ようと画策するか、
・火中の栗を拾おうとするか、
ともかく銘々が自分とこの思惑優先で動き始め、地球全体が騒然となる。そうなった時に当事国の日本だけが中国を押し返した時点でサッサと足抜けさせてもらえるのか?ちなみにこういう場合の他国の「漁夫の利を得るための画策」とは、日本を煽って中国が完全崩壊するとこまで戦わせるとか、あるいは日本を中国から足抜け出来なくなる所まで深入りさせ、それによって日本の弱体化を謀るとかで、また、そういう動きを受けて日本国内の世論も紛糾したりする。憲法を改正して関連法を整備し直して、それでもそういうグダグダな状態になってしまう可能性は高いのに、現行憲法のまま戦争が始まったりしたらどうなるか。だから私は、9条はべつに書き替えなくてもかまわないが、せめて、変化する国際情勢に対応出来る程度には現行法を整備し直して欲しいと思うわけです。

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 ところで「変化する国際情勢」と言ってる事の具体的中身は何かというと、全地球的にはもちろん色々な問題があるけど、日本にとっての一番の問題は、やはり中国情勢だと思う。中国対日本で問題になりそうな事を大雑把にまとめると、

1. 外洋進出の可能性
2. 政権崩壊・内乱発生の可能性
3. 人民解放軍と戦闘する事の特殊性

の3点。このうち1.と2.は北京の遷都問題がトリガーになりうるという共通性があり、北京遷都は既に実施に向けて動き出してる課題であろうから、1.と2.のどちらかが発生する可能性は高い(もちろん、どちらも生じない可能性もある)。だから日本は、これに対処できるよう法整備を進めるべきだけど、そこに更に面倒くさい問題を付け加えるのが3.で、中国の国家体制と国軍のあり方は、西欧基準での近代国家と国民軍のあり方とはかなり異なり、中国と戦争する事の特殊性に十全に対応出来るところまで日本側を改するとなると、それは小手先の法改正程度では不十分なので、つまりとても面倒な問題です。なんにせよ「戦争は始めないのが最善の策」だから、それで済んでくれたらありがたいのですが。

 北京遷都は、中国大陸の砂漠化に土壌汚染問題が加わって、もはや待ったなしの問題である、かどうか本当は定かでないけど、少なくとも日本の安全保障は、この可能性を考慮して対策されなければならない。
 「既に北京の目前まで砂漠が迫ってきてる」という噂はガセだとしても、大都市を維持するための最も重要な資源はなのであり、これが枯渇したらその都市は放棄するしかない。そして、北京周辺域が明確に砂漠化するよりもずっと前の段階で水不足は問題化するから(もう既に問題化してますが)、2013年2月のRecordChinaで「遷都先は既に決定されてる(2016年に河南省信陽市へ)」などと報道されたりもする昨今です。
 ただ、北京の都市規模を縮小すれば遷都は先送りに出来るとか、遷都する前に政権崩壊して別の都市が首都になるとか、その他の可能性もいろいろ考えられるけど、共産党政府が中国統一を保ったまま遷都も無事完了させられる、それくらいの政治力を保ったまま、現在よりも海岸線近くに首都を移転してきたらどうなるかを、私たちは考えないといけない。中国が海軍をハイペースで増強してるのも、これと連動した動きなわけです。

 中国の内政が安定してれば経済活動も現状のままで、という事は土壌汚染も拡大し続けます。政変が起こって経済活動が停滞したら土壌汚染の進行は緩まるかも知れないが、浄化するための資金や、そもそも浄化しようという意志や必要性も失われるので、つまりどっちに転んでも今後、中国の土壌汚染問題が改善される可能性は低いです。
 砂漠化の原因は気候変動と人為の二通りが考えられてますが、どちらにしてもこれは進行する一方です。だから遅かれ早かれ、中国大陸の大半は不毛の地と化します。

 では中国政府は、今後はどうするつもりなのか?海軍を強化して太平洋の西半分を支配する海洋国家へと生まれ変わるのか?国家百年の計的な長期展望を持ってるなら、それも可能かも知れない。しかしそのような大局観点があるなら、そもそも自国の土地が汚染物質まみれになるまで放置したりはしなかっただろう。土地がもうダメだと分かった頃合いになって海軍増強を始める。つまり彼らは目先の事しか考えてないです。という事は太平洋支配などという遠大な展望は持っておらず、という事は、現体制の存続に必要な資源その他を手近な国から順繰りに奪いに来るだけであろう。
 その「手近な国」には日本も含まれてるが、中国軍が東シナ海を越えて日本に攻め込んでくる可能性はない。資源を収奪出来るだけの軍事力を対日戦に投入してしまうと、中国国内の統治体制が崩壊してしまいますので。
 中国にとって一番良いのは、日本を中国の従属国にして、日本側の意志として、中国のために資源を差し出させる事。そのためには日中戦で日本を負かす必要がある。勝者敗者の関係を明確にして、日本は中国の隷属国だとはっきり認めさせるわけですね。しかし中国は日本に攻め込んでも勝てない。日本は中国に勝てないとしても、負ける事もない。むしろ一旦戦火を交えてしまえば、その後は明確に敵国認定できるので、日本からしたら資源提供や技術協力をする義理もなくなって好都合なくらいだ。だから中国は、そんな悪手は打たない。
 中国が日本に勝つためには、日本軍を中国領内に誘い込む必要がある。日本軍が東シナ海を越えてしまったら、日本に勝ち目はない。大陸側で日中戦を行えば、日本は明確な敗戦国になります。しかし現憲法下ではそのような軍事行動はありえないし、たとえ他国領進出が許されるよう改憲したとしても、戦略上、中国に出張る作戦はありえない。平時に冷静な頭で考える常識として、それは充分すぎるくらいに分かり切った事です。

 しかし日本は、日米戦を行ってしまった国です。戦力差がありすぎて勝てないと分かり切ってた国と開戦してしまった。戦争に至る道筋には、常識や合理性などは通用しないトラップが仕掛けられてる。そして現在の中国にも、日本を自国領内に誘き寄せるための方策はある。それを説明するのが、

3. 人民解放軍と戦闘する事の特殊性
 近代法の枠内で扱われる戦争概念は、近代国家の国民軍同士の戦争である事を前提にしてる - - というのは私にはそう思われるというだけの話しで根拠も何もないですが、まあたぶんそうだろうという事にしといて、
 アメリカが最近盛んに行ってる「テロとの戦い」というのは、国民軍と、非近代国家の非・国民軍との戦闘である場合がほとんどですが、西欧型の法体系にそういう戦闘はしっくり組み込めない故、アメリカは「テロとの戦い」という別看板をわざわざ用意したんじゃないかな違うかな。まあ原語はWar on Terrorismで、Warという語は使われてますけど。
 近代国家同士の戦争は「殺し合いではない」のですよ、建前上は。だからその方向性でいろいろなルールが設けられてる。捕虜の扱い方とか、殺傷力の高すぎる戦術兵器の禁止とか。軍隊で使う銃弾はメタルジャケットですし。
 中でも重要なのは、戦争を始めるための手続きとか、宣戦布告の仕方とか、そもそもどのような状態を戦争と見なすのかといった戦争の定義に関するあれこれではなかろうか。近代国家同士の戦争では、これらのルールを守らないといけない事になってる。しかしそれは、あくまでも近代国家同士での事だ。

 「テロとの戦い」というのは、そういう約束事が通用しない相手との戦闘なわけです。布告なしに攻撃してくるし(9.11 N.Y.テロ)、自爆とかの非人道的戦法を用いるし、軍人と一般人の区別なく殺害するし、捕虜になったら何をされるか分からない。
 近代国家の軍隊同士の戦闘なら、もう負けそうだし撤退も不可と判断されたら降伏して捕虜になって、そうすれば兵士の身体生命の安全は確保される。そういうルールがあるから、お互いに大きな被害を出さずに済むわけです。しかし「テロとの戦い」ではそれが通用しないので、捕虜にならないように、そしてもちろん殺されないように、戦い抜くしかない。そうなると、戦争犯罪の範囲や軍規の強制力についても見直す必要があるのではないかという考えも生じる。つまり例えば
■民間人を誤射した場合;
国民軍同士の戦闘中の事であれば、誤射であってもやはりそれは罪であるとされるのに、
テロ戦での民間人誤射はしょうがない事とされるかも知れない。
■生命の危険が高すぎる作戦を命令された場合;
国民軍同士の戦闘では、兵士はそれを拒否出来るが、
テロ戦では、拒否が認められない。
など。

 それで中国軍についてですが、そもそも中国の国家体制が西洋的近代国家とは違いますし、中国軍(人民解放軍)は中国の国民軍ではなく共産党の政党軍隊である、というのが法律上の建前で、内実は、7つ(あるいは4つ)の軍閥の連合体であるともされる、なにかあやふやな、少なくとも西欧基準での国民軍とはかなり異なる組織、それが中国軍なのですね。
 となると、中国軍と戦うという事は非・国民軍と戦うということで、それはつまり「テロとの戦い」なのではないかという疑問が生じる。法解釈とか言葉上の問題はさておいて、実際に中国軍が示す行動は、例えば南沙諸島では、
・係争中の相手国領土に自国の漁民を侵入させ、
・彼を保護するという名目で軍を派遣し、
・そのまま占拠し続ける。
というようなもの。この件だけで中国軍はテロ集団だ、などとは言えないけど、近代国家の軍隊が行って許される行為でもない。しかし実際にそれを行ってる以上、やはり中国軍は、近代国家同士の取り決めやルールからは逸脱してる組織だと判断せざるをえない。
 しかし中国は国連の常任理事国でもあるし、上記作戦を西欧相手に行ったのではないしで、今のところはなんとなく黙認されてる感じです。問題なのは日本の、例えば尖閣諸島に対しても中国がこの戦法を用いた場合、日本側は中国軍を押し返せるのか?中国側の「駒の進め方」が巧みだと、ずるずる占拠されかねない。これは憲法とかは関係なく、純粋に戦術の優劣の問題です。

 さてそこで、仮に尖閣を取られたとすると、日本は奪回に向かう。そこで運悪く自衛隊員が中国の捕虜になってしまったらどうなるか?法治よりも人治が優越してるような国の軍事裁判で日本人が裁かれ、常識外の重刑が科せられる、という事態に至る可能性があるわけです。中国は自国内と日本向けの双方に対し、世論の操作・扇動のためにこれを利用するだろう。そして日本側に「日本人を見殺しにするのか」みたいな世論を起こさせ、それを抑えきれなくなった日本はしぶしぶ出兵という、こういう流れで、中国は日本軍を自国領内に誘い込む事が出来る。まあこれは、いろいろ考えられる可能性の中の一つにすぎないし、自衛隊員を捕虜にするなどという成功確率の低い作戦はあり得ないように思われる。しかし、実は中国は尖閣が欲しいのではなく、自衛隊員を生け捕るための罠として一時的に占領してみせてるだけなのだとしたらどうであろうか?孤島の争奪戦で、中国側に尖閣を守り切るつもりはなく、奪回に来た自衛隊員を一人だけでも捕獲すれば良い。そのめに全軍が共同して動けば、成功確率は高い。
 ともかく中国軍とは、こういう作戦を仕掛けてくる可能性がある軍隊であって、それは近代国家同士の戦闘とは全く異なるものだという事です。中国がフィリピンやベトナムに対して仕掛けてるのと同じ作戦を、今のところはまだ日本に対して用いてない。それは日中両国間および米ロその他の関係国全ての力関係を勘案し、現状では無理だと判断してるからに過ぎない。

 それでもし本当に尖閣が取られ、その奪回戦を行う事になった場合、作戦を立てる側は当然、上記のような可能性諸々を検討する。そして隊員に対して「絶対に捕虜になってはいけない」と指示するかも知れない。隊員からすると、島は奪い返さなければならないし、捕虜になってはいけない。それは負担が大きすぎるので、命令拒否しようと思う。しかし命令する側はそれを認めない。そうなった時、先に書いた「テロとの戦い」の特殊性の一例、軍規の強制力の範囲について、常識的な戦争の時と同じ扱いでいいのか?いけないのだとしたら、より過酷な作戦を隊員に強制できる事の、法的根拠はあるのか等が問題化するわけです。
 もしも現行法下でこういう事態が発生したら、全ては「現場対応」で処理されてしまいそうです。しかしそれは、後に禍根を残す可能性が高い。だから平時に少しずつでも、こういう場合にどう対応すべきかのルール作り、つまり関連法の再整備を進めておくべきで、96条の改正がそれらの後押しになってくれる事を期待する。

 誤解を招かぬよう書き添えますが、無法国家と戦う際に、相手国のレベルに合わせて自衛隊員の人権も縮小されてはいけないのであって、ではどうすべきなのかは難しすぎて私には分かりません。ただ、
・戦争はどれも同じなのではない。
・自衛隊員も一般国民と同じく、基本的には法律によって生命の安全が保障されるべき存在である。
・しかし自衛隊員とは、その保障の範囲が縮小する場合がありうる特殊な立場の者である。
・自衛隊員に、その人権範囲の縮小という特殊な立場を要請する(あるいは強制する)のは、私たち一般国民である。
以上の事が日本人全体に概ね常識として通用するようになるのが望ましい、のかなあ。肝心なのは、戦争は政治家が勝手に始めたとか自衛隊の独断でなにがどうしたみたいな言い訳を - - 太平洋戦争の戦争責任に対するのと同じような言い訳を - - 私たちが再び繰り返さない事である。

 でもそれは、たぶん非常に困難な事だ。まずなんというても太平洋戦争中の日本軍は、
・宣戦布告手続きに不備があった(真珠湾奇襲)。
・降伏・投降をしない(玉砕戦)。
・自爆戦法を用いる(特攻)。
・民間人を軍隊に共同させる(とくに沖縄戦)。
と、いくつかの例を挙げただけでも明らかなように、現代の基準でいったらテロ組織に認定されても仕方なさそうな組織でした。当時も真珠湾の件は散々叩かれたし、人命軽視の戦術は相手国からキチガイ扱いされた。でもそれは昔の話し、とは言えないから困る。
 戦後になって憲法が変わって、日本は(法文上は)軍隊のない国になった。だからなのか、日本人の戦争観は概ね半世紀前の段階に留まったままである。つまり、ひとこと「戦争するかも」と言った途端、国中の若者が徴兵に取られて戦場で殺されてどーのこーのといったお約束の反応ばかりを返してくれる人が多い。しかしそういう人達は、一体いつの時代の戦争の話しをしてるのか?この50年間で世界は激変した。軍事技術も激変して、もはや徴兵など無用の制度だ。兵器の操作法は高度に専門化してるので、戦争が始まってから徴集した新兵にやれる事など何もない。物量戦も総力戦も非現実的、という方向に変化してきたのがこの半世紀間の基本的な流れで、しかしそこに最近「テロとの戦い」というのが加わった。
 日本にとってマズいのは、日本国内の戦争観の主流が太平洋戦争時のテロ戦の印象に支配されたままな上に、現状もっとも現実味のある仮想敵国の一つである中国の軍隊が、やはりテロ近似な性格なため、中国軍はむしろ、日本人にとって理解しやすい軍隊であるため、日本人の古い戦争観が更にしっかり固定されてしまう恐れがある、という事。
 まあ流石にそれは杞憂かもだけど、日本だって本当の意味での西欧型近代国家ではないのだから、アジア的体質への親和性は高い。日本型の政治は悪いものではないが、軍制に関しては西欧型の方がはるかに優れてる。日本は人口増加が止まった国なので、人殺しをなるたけしないという前提で設計された軍隊(まあ絵空事ですけど)の方が適してますよね。

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 ともかく日本は今後、外国と防衛戦を行う可能性があるわけです。しかし何度でも書きますが「戦争は始めないのが最善の策」なので、日本が努力すべきなのはその方向性。そこで、憲法を改正して「侵略されたら抗戦する」という意志をはっきり示せば、敵国は侵略をあきらめるかも知れない。そのわずかな希望に日本は賭けるしかない(かも知れない)。だから私は、96条は改すべきと思うのです。
 こちらから先に攻撃する必要はない。それと、日本製兵器の輸出が可能になったりしたらアジア地域の軍事バランスを刷新しかねず、そんな事に自ら手を出して、後になって責任を取らされるハメになるのもゴメンだ。だから9条については、あまり大改造しない方がよさげ。現状、中国と海洋上で対立してる国に艤装なし艦艇を輸出したり、緩やかな軍事同盟を結んだりしてますけど、それで充分じゃないですか。

 最近、海底資源の埋蔵量とか、その利用の実現性について大まかな公表がされたのも、改憲論の具体化と似たような対外的影響力を持っている。つまり日本の現状は20世紀初頭とは違って、前回よりもずっと有利な条件で戦争を行える、その可能性を、既に海外に公表してしまってるのですね。
 シェール・ガスの実際面については、まだコスト的に採算が合わない等の問題が指摘されてますけど、戦時経済は通常時のそれとは異なるので、本当に戦争になったなら割高でもかまわない、使えるものなら何でも掘り出して使うまでの事です。ただしこれは、制海権が確保されてないと利用できない資源ですから、「対戦相手は海軍力が日本より劣る国に限る」という条件が付いてしまいますけど。
 日本国内側から、現在の問題として、海底資源保有の対外的影響力を評価しても、とくに優位性はないと感じられるかも知れないけど、外部から、つまり日本をどうにかしたいと考える(将来の)敵国の立場になって考えると、日本は憲法を改正するかも知れないし自前で大量のエネルギーを確保するかも知れない。敵国は今後、この可能性も含めて対日戦略を立てなければならないわけです。それはあくまでも可能性に過ぎないが、それを無視するのか、それともあり得る事として扱うのか、その判断は必要になる、その分、相手国の負担と戦略上の不確定要素は増えていくわけです。いやもちろん、日本を征服するなり支配下におくなりすべきと考える動機も増えるわけですが。

最後にもう一度まとめ;
 ユーラシア大陸極東地方から西太平洋にかけての地域は、世界の三大大国=アメリカ、ロシア、中国が軒を接して押し合いをする、とんでもないエリアである。ガッチリ組合わさってしまってる分、かえって安定してるような面もありますけど、最初から安定してたわけではなく、だから日本は過去に、この三国すべてと戦争をするはめになったわけです。結果は皆様ご存知の通りの、まあわりとロクでもなかった感じですが、今ではいたって平和なもので、大国間のせめぎ合いの渦中にありながら人々はおもしろいアニメや異次元進化した家電製品に取り囲まれ、ガラクタ古物の蒐集陳列にうつつを抜かすのほほん民族として地球上に異彩を放つという地位を手に入れた。私は、この状態が永遠に続いて欲しいと願う。
 なんて事を言うと、この状態が平和であるといえるのか?自国が戦争に直接関係してさいえなければ、それが平和なのか?といった事を言う人が出てくるのもお約束ですが、少なくとも人類の文明史数千年の中で、現在の日本の状況は、こんなんでも最良の部類なんですよ。過去の歴史、そして現在の地球上各地の様子を知れば、そう結論せざるを得ない。だから私達日本人はむしろ、この状態を維持する義務があると考えるべきだし、さらに、現状以上の高望みもするべきなのである。

私が戦争についてどう考えてるか等についての説明は、以上ここまでで終了。

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時間の使い方について;

 今回の録音、ギターは5月24と25日の二日間で録って、その一週間後の6月2日にマンドリンを録り足しました。
・リアPU主体でメロディーを弾く1st verse
・トーンを絞った音を組み合わせた2nd verse
・3rd verseはギターは休みでマンドリン・ソロ
・4th verseはスライドを加え、再びギターでメロディを弾いてEnd
というのが今回の構成ですが、当初の計画ではマンドリンのための3rd verseはありませんでした。しかしJ5だけで3 verses続けて歌メロを弾くという構成で仮ミックスを完成させ、それを試聴してみたところ、退屈極まりない。とくに3rd verseが始まる時の「またかよ感」は不快感さえ伴う、という印象を得たので、急遽ギター以外の楽器のためもう一つverseを増設したのです(バッキングは2nd verseを流用)。

 J5の音色を記録するためのサンプル・ファイルとしては数種類の奏法(アルペジオ、単音弾き、スライド)とPUの組合せ方の数パターンを順繰りに並べれば、それで事足りるとは思うのです。つまりマンドリンとかを加える必要などない。しかしこの曲をこのテンポ、このアレンジで3 verses聴き続けさせられるのは退屈だった。人によって差はあろうけど、私の場合は2nd verseまではまあ聴けて、しかし3rd verseになった途端「もうやめてくれよ」と思ってしまう。いや、だからこれはサンプル・サウンドなのだよと言っても、楽曲という形式を利用してる以上、いろいろな音が順繰りに並んでるだけでは、どうやらダメみたいなんですね。サンプラーのパッチ選びをしてるのとは違うのです。
 退屈を感じてる状況で鳴らされる音に対しては好印象を持ちにくいし、むしろ悪印象の方を多く残してしまう、のだとしたら、サンプル・ファイルとしては逆効果になってしまうならば、退屈感をなくすための方策を講じなくてはならない。

 そこで私がした事は、3rd verseに、それまでには無かった要素、あるいは異物、つまり今回の場合はエレキ以外の楽器、それを登場させる事で、聴者の興味を別方向に向かせ、メロディに対する短期記憶を一旦リセットさせる。そうすれば4th vserseを再び新鮮な気持ちで聴いてもらえるようになるかも知れない。
 結果、それが上手くいってるかどうか自分では判断できませんけど、作者的には、当初のギターだけだった時よりかは1 verse足したバージョンの方がずっとマシだと思ってます。
 ただ一般的に、演奏時間が長くなるほど最後まで聴いてもらえる可能性は低くなるだろうから、全部を聴いてもらうために尺を足すという作戦には矛盾、あるいは危険性があるのではないか?今回の場合は、ギターだけの3 versesなら尺は短いが、退屈(不快)な印象を残す可能性が高い(と予想され)、マンドリンを加えた4 versesなら、最後まで聴いてもらえる人数は減るかも知れないが、退屈する人の割合も減るかも知れない。この2つの予想像のどちらを採用すべきかという課題に対して、私は尺を伸ばす方を選択したという事ですね。

 ですが前回の記事(愛の迷い子)では、テンポの調整が的確であれば、曲構成に異物など付け加えなくとも最後まで聴き通しやすくしうる、その可能性について云々してたのに、今回は結局こうかよというのが我ながらアレで、「愛の迷い子」を録音したのは(この記事を書いてる2013年7月現在の)約一年前。対して500 Milesを録ったのは2ヶ月前。となるとこの一年間、オレは一体なにをしてたんだ的な反省も生じそうなのだけど、実は曲構成に異物を入れるのは、つまり歌を2 verses続けた後に間奏を入れたりするのは、ポピュラー音楽ではごく当たり前の事で、だから今回の作例の構成がこうなったのも、とくに問題は無いのである。

 ちなみにテンポについては、今回もPPMのオリジナル音源のテンポの揺れを、2nd verseまではコピーしてます(3rdと4th verseは2ndまでのテンポ・データをコピぺしただけ、だったはず)。だから今回はテンポ揺れと異物挿入()の豪華二大演出が施された作例だという事になるけど、いやむしろこれがドンカマ登場以前のポピュラー音楽の標準形態なわけで、となると私はごく当たり前の録音物をこしらえるために、何やらしなくてもいい手間ひまを余分に掛けてたバカみたいにも思えてきますけど、まあべつに普通でもかまわない。聴く人に最期までスーっと聴き流してもらえたなら、作者的にはそれで成功なのです。

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 時間の使い方という問題について他にも色々書いておきたい事があるのだけど、まだ考えがまとまってなかったり、調査中・実験中の事も多いから、今回は概略を箇条書きするだけで了。

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時間の構成の仕方とは、今回の作例に則して言えば、
・verseの増減とか
・増やすとしたら、その中身をどうすべきかとか
・あるいはテンポを揺らすとか
・あるいはそれらとは全く別の手段

芸能者は観客や視聴者の関心を自分に引き付けておく必要があるから、相手を楽しませ、退屈させまいと努める。
相手を退屈させないための手段は何通りもあるのだろうけど、それらは観客の興味を
・一点に集中・固着させる
・分散させる
の二通りに、大きく分類出来るのではなかろうか。

興味を集中させるのは目的追求型、あるいは達成感を得たい欲求を利用する事
興味を分散させるのは、同じ事の繰り返しを嫌う脳の特性に応じての事

状況を単純化するため「大道芸人」の行動をモデル・ケースとしてみると、
開始;客寄せ
終了;投げ銭を得る

それで大事なのは、寄せ集めた観客から投げ銭を得られるように、上演中の時間を構成する事。時間を上手く使う事である。

 「時間の構成の仕方」の上手い下手に応じて、見物衆の財布のヒモは、緩くもなれば渋くもなる。技芸の巧みさとか、演目の多さ、豪華さ美麗さに応じてではない。生活必需品や実用品の商取引ならば、支払われる金額と、それによって入手できるものの「量」は正比例するが、芸能への対価とは、それらとは少々異なる基準によって決定される。

 芸能の価値には、「数」で大小を比較し、「量」を計る事の出来る、そのような側面もたしかにある。加点方式or減点方式による評価。(作業量が)多いほどエラい。(到達点が)遠いほどエラい等々。そのため、スポーツ競技化する芸能、芸能とスポーツとの中間的な(両方の性格を持った)技芸も存在する(フィギア・スケート等)。

 では、時間の使い方の上手い下手を、数量で計れるだろうか?
(念のため、ここでいう時間の使い方の上手い下手とは、製造業等での時間効率とは全くべつのものである)
時間とはそもそも、量概念を受け付けない。
物理での、相対的な長短に限ってなら、時間を数で表す事は可能だが、そうやって数値化された時間の長短は、人間の主観が捉えるそれには当てはまらない。時間が物理の現象かどうかすら、本当は不確かなのではなかろうか。

ところが、時間の使い方に上手い下手の違いがあるという事、時間の使い方が上手い人と下手な人がいる事は、私達は経験上よく知っている。
例えば、2時間以上の長い映画でも、時間の使い方が上手いスタッフの作ったものなら、あっという間に全部を見終わってしまう。
体感時間は延び縮する。そして、2時間があっという間だった映画と、そうではなかった映画とを比べたら、たいていの人は「あっという間」の方を好評価する。この事から、
多くの人は、体感時間(主観的時間)を縮小させるタイプの体験から快楽を得るらしい。
と推測できる。

いや、一般的には「楽しい時間は早く過ぎる」と言い表される。映画の「中身」が楽しかったから時間は短く感じられた、と主観される。それを逆方向から観察すると、「体感時間を減少させると快楽が生じる」という記述になる。
観客側の主観では「楽しいから早く過ぎた」と認識される現象を、演じる側は意図的に、他人の心の中に作り出す必要がある。そのため、現象を記述する方向が逆になるのである。

「楽しいこと」というのが実在として、自己の外側に存するのであるなら、観客にとっての「楽しいこと」とは他者から与えられるものだという事になる(この場合の他者とは、観客と同じ人間である芸能者だけでなく、自然現象などでも可)。
あるいは、観客が「楽しいこと」を発見するのである。
演者側にとっても「楽しいこと」が外的存在であるなら、芸能とは、外的対象としての「楽しいこと」を演者が観客に受け渡すためのであると理解される。
あるいは演者:観客という区別に重要性はなく、オブジェクトとしての「楽しいこと」を相異なる方向から相互批評し合う場が芸能であるという考え方、これはとくにサブカル二次創作や古典和歌鑑賞などの「煮詰まりきった」文化ジャンルに限ってなら、よく当てはまるように思われる。

「楽しいこと」が、演者の内側に存するものであるなら、観客は、演者が「楽しいこと」を創造したのだと認識する。この観点は、天才論の基盤でもある。

「楽しいこと」は、演者・観客のどちらにとっても自己の内側に存するものと仮定するのも可能である。
その場合の「楽しいこと」は、他人同士の心の中にそれぞれ別個に存在する事になり、人物Aが人物Bの心の中に、人物Aが企図する通りの「楽しさ」を発生させようとするなら、テレパシーでも使わないと無理である。そして、テレパシーは存在しない(と考えるべきであろう)。
しかし時間を利用すれば、他人の心の中に、概ねこちらが企図した通りの「楽しさ」を生じさせられるのではなかろうかという可能性について云々するのが本稿の主旨。

以上、観客と演者の双方について「楽しいこと」が外側にあるか内側か。これをマトリックスに展開すると4マスになり、その順列組合せは4通り。それらの中のどれか一つだけが正しいと決めつける必要はなく、そもそもこれは正しさなどを問うべき問題ではなく、順列組合せを変えると、現象の記述形態も変わる。その何通りかある記述方法の中に、演者にとってより良い(あるいは便利な)何かがないかを探ってみようという話しです。

順列組合せ4通りの最後の一つは、「楽しいこと」が演者の外在、観客の内在という組合せ。これは観客の内部にあって、外部にはまだ知られてない(観客自身にも知られてない可能性もある)「楽しいこと」が、演者にとっては既に外部にあって、操作可能なオブジェクトだという事だから、時系列的生起順(因果)に反してる。故にこの観点は神秘主義的である。しかしそれでも、この組合せについて云々するのは可能だし、そうする意義もあろう。しかしそのためには、そもそも「楽しいこと」とは何なのかとか、それが実在するとはどういう事かなどをキチンと定義しないといかんであろうよ。

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芸能者は、あっという間に過ぎた、楽しく過ごせた、あるいは最低でも苦痛を感じずに過ごせたと、観客に主観させるように、時間を構成しなくてはならない。
そのための方法論はあるのだろうか?
たいていのポピュラー歌曲は、どれも概ね同じような曲構成で出来ている(前奏→歌が1番と2番、そして間奏、その後は歌のサビだけもう一回とかCメロが付け加わるとか色々あってEND)
TVアニメは、とくに1クール12話程度の小サイズで完結する深夜アニメは、各話へのエピソード配分(シリーズ構成)の方法に一定のパターンがある。
・第1話では、物語の基本軸の呈示(主人公が誰であるか。彼が置かれた世界の状況。そこで彼が果たすべき役割など)
・4話目くらいまではサブ・キャラを順次紹介。あとは世界観への補足説明など
・概ね5話以降の中盤は、起承転結の、序破急のに相当。序盤で示された世界観が動揺したり否定されたりする
・終盤は、基本的世界観の再呈示。それは中盤に起こったあれこれによって変質してるかもしれないし、それを再否定して、基本軸の意義がより強固なものとなってるかも知れない
最終話がどういう結末になるかは作品によって様々だけど、中盤までの構成は、作品内容が英雄冒険譚であろうとラブコメであろうと、あるいはほのぼの日常系であろうと、けっこうどれも共通。

英雄冒険譚は、複数の小エピソード(ユニット)の組合せで成り立ってるものが多く、そのユニットの組合せ方にも定番のパターンがある。
・主人公の誕生
・彼の出自の特異性の説明
・故郷からの離脱
・仲間集め
・悪との戦いと勝利
・故郷への帰還
・報酬の受理(王子の物語-王位継承譚-なら、戴冠)

アニメの各1話とは、歌の1 verseと同じような一つの時間単位であり、1クール12話のアニメ作品とは、12 verseの楽曲のようなもの。その12話の中に、上記の小エピソードユニットが配分されてる。原作はけしてすんなりと割り切れるようには出来てないから、シリーズ構成の出来不出来も生じるわけだけど、

ともかくこういった諸々を時系列上に配置する、あるいは組み合わせる、そのやり方には定番の方法があるわけだ。
これが定番化したのは、この方法に則れば良い結果を得やすいからである。
以上の事からは、時間を構成する方法論は確立されてると言える。
しかし、世にあまたの音盤やアニメ作品のある中で、たいていは定番の時間構成法に従ってるのに、面白いと感じられる作品はごく一部である。だから、方法論が確立してる事と、それで面白い作品が作れるかどうかは別問題のようである。

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ちなみに、近年流行の廃部寸前弱小クラブ系の物語は、まず冒頭に「仲間集め」があり、半年か一年後かに何らかの結果(成功譚なら「報酬」)が生じる。
外観は女子しか出てこないとか、とくべつ活発に活動しないとかでも、物語の構造は少年マンガ的にとっても王道。
だから人気が高いんですねたぶん。

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ところで上述した深夜アニメのシリーズ構成。序盤はキャラ立てで中盤は展開部という組合せ、これはウィーン古典派のソナタ形式と似てる。ソナタ形式は、
・第一主題の提示(アニメの第1話、主軸の呈示に相当)
・第二主題の提示(サブキャラ登場)
・展開部(アニメも同じ)

ここまではソナタもアニメもほぼ同じ。ソナタはこの次に「再現部」があって、主題の呈示をもう一度行うのがお約束。そして「終結部(コーダ)」という構成。
アニメにも再現部的なものがあるとしたら、冒険譚で、一度出発地点に戻ったり、魔法少女が魔力を失って一旦普通の人間に戻されて、戦う事の意義を再定義するとかして、最終話(コーダ)に至る、というような流れですかね。
日本のアニメに限った事かも知れないけど、起承転結よりかは序破急展開が多いのがアニメなので、ソナタの再現部に相当する要素は省略されがちなのかも。
12話で完結させるため、不必要なものは省く。そのためアニメの再現部的なユニットは省略されがちなのかも。
深夜アニメは、録画される事が多い。となると、再現部の必要・不要は視聴者側がコントロール可能。つまり8話目くらいで「一旦おさらい」したいと思ったら、1〜3話あたりをもう一度見ればよい。だから深夜アニメの再現部は省略されがちなのかも。
制作者側からすると、再現部を省略する分、別の要素を1クール内に収める事が出来る。

ともかく肝心な事は、ソナタとは物語形式なのだ、という事。
私は今までソナタって何なのかよく分からなかった。なんでこの(主題の提示部が2つ、そのあと展開部、そして再現部等々の)要素配置の仕方が、西欧音楽史上で最も重要な発明品の一つとされるのか?分かってしまえばなんのことはない、ソナタは物語の構造を持っている(あるいはそれを模したもの、あるいはそれに倣ったもの)、だという事ですね。

あるいは小さな時間単位(ソナタ楽章内の一楽節とか、アニメの一話分とか)を複数組み合わせたユニット型構造体に、一貫性を持たせよう(あるいはその構造体の中に長編物語を詰め込もう)と企図した際に適した合理的で定番化した方法がある、という事。

私にそれを気付かせてくれたのはアニメ。やはりアニメは素晴らしい。ありがとうアニメ☆

ロマン派のソナタは多主題化したりしたけど、これもアニメ(マンガ)のキャラインフレやパワーインフレみたいなものだと思えば分かりやすい。物語構造の方を革新できなければ、そうなっちゃうよねって話しです。西欧音楽は結局、ソナタ形式を捨てた。日本のマンガは、今のところ従来の方式で延命出来てるみたい(パワーインフレを更に極めようとするのは少数派で、物語構造を煮詰め直そうとしてる人の方が多いかも、と思うのは、私の嗜好で選ぶ作品は後者型が多いからそう思えるだけかもですが)。

ベートーベン自身も、晩年は定式通りのソナタ形式は書かなくなった。それでこの、後期ベートーベンのソナタというのも私にとって長らく謎音楽だったのだけど、

・青年期までのソナタは、かっちり書かれた論文みたい。
・その後、私小説みたいな時期を経て、
・晩年は書きかけの随筆、しまいには想念ダダ漏れのオートマティズムポエムみたいになる。
・各楽節の区切りが曖昧だったり、再現部の再現性が高くなかったり、展開部が短すぎたり、その代わり定式にはないユニットが現れたり。
・とはいえフランス近代の音楽詩とも違う。多楽章形式だし。
・最終楽章が変奏曲ばっかりなのも謎。変奏技術も、前時代の基準からしたら改しすぎだったり、テーマなし変奏曲だったり。

といった諸々も、アニメとの類比で見直せばよく分かる。
スタイルが完成され煮詰まると、同じ事を二度も言うのは野暮と感じられてくる。
明確な再現部は、聴く側の脳内におまかせ。
有限なサイズに、よりたくさんの情報を詰め込もうとするようになる。

ベートーベンの後期作品は分かりにくいとされるけど、彼は聴く側に、より多くの情報処理能力と記憶力を求めてるわけだ。

晩年の変奏曲も、これはキャラ立て命の萌えアニメみたいなものだと思って聴き直してみたら、とたんに分かりやすくなってびっくり。
キャラを強く立たせるには、当人にいろいろさせるより、サブキャラsからの別視点を交錯させるのが効果的、というのと同じですね。

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芸能にとってオチは、非常に大切なものである。

 オチは、芸能の時間に「終わり」の標識を付け、芸能の時間を単位化する。
 一つの演目(あるいはネタ等)が開始されてから終了するまでの(数十秒とか数分とかの)実時間(時計で計れる時間)は、オチによって演目が〆られた瞬間に、心理的・体感的な時間量に換算され、その長短が計量され、そこから快楽が得られたと判断されたなら、その対価として、あるいは更に快楽を発生させるのを促すために、観客は演者に報酬を渡す。
 つまり演目の「長さ」は、オチが付いた時点から逆算され、オチの印象によって長くもなれば短くもなる。

音楽でのオチとは何か;
 旋律形・楽式感・和声の三要素の連動によって形成される、(定型句化してる場合も多い)一楽節・一段落の終結を示すフレーズなりなんなりであろう。私が重要と思う順番は、
1a.旋律
1b.楽式感
2.和声
である。いずれもそれ単体ではオチを形成しえないが、和声を持たない音楽にもオチはあるのだから、つまり和声は必須の要素ではない。ケーデンスには常に小段落を形成させる能力があるが、小段落がいくつ集まってもそれだけでは一つの統合体、つまり一楽節と認識される全体像は浮かび上がってこない。複数のケーデンスを統合して一つの楽節にまとめ上げるのは、和声とはまた別の要素である。これは旋律・楽節についても同じ事が言える。無伴奏の旋律、例えばフルートの独奏を聴いて、そこにオチがあると感じられたなら、その旋律には楽式感が備わってたという事になる。バッハの無伴奏フルート・パルティータでは、単音の旋律のみで和声が示される。旋律・楽式感・和声、この三要素は常に連動するのである。

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アニメの一話は、一話完結型と「来週に続く」(引き)の2通りある。
完結型はほとんどどれも(落語でいうところの)こっけいオチで一話が〆括られる。このオチは「終わり」を示す標識なので、とくだん笑えるものでなくともOK。
完結型も、実際は結尾に「予告編」が付くので「引き」要素は毎話必ずあるとも言えるけど、
・クール序盤のキャラ立て中は、一話で一キャラ立てて完結。予告編で次週に登場する新キャラが明示される(次週の内容は予想しやすい)。
・クール中盤の、とくにシリアス引きで終わる場合は、予告編でも「どうなるか分からない感」が更に強調される。

この2通りの〆方を組み合わせる事で、視聴者の関心を途切らせないよう工夫する。その組合せ方も概ね定型化してるかな。
真性ギャグマンガは基本、全回一話完結型。

私個人的には、長編ものであっても一話完結型主体でシリーズ構成されてる方が好き。引きが2週以上続くと視聴継続が面倒になる。
「さて!来週はどうなる?隠された真実がいよいよ明らかに?」
みたいな煽りを毎回されると、べつにいいよそんなもの、どーせ作り話なんだし#という感情が一気に意識上層に浮かび上がるので、そうならないよう上手くこちらを騙してくれる作品が良いですね。
序盤キャラ立ても、いつまでも続いてると飽きる。

↑以上の所見を自分の録音作業に応用出来ないかを検討すべい。

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「相手を退屈させない」という事について;

まず、2種類の区別。
1.長い時間に、最後まで付き合わせる
一つの時間単位、アニメの一話、音楽の一楽節を全部経験してもらう。音楽の一楽節はたいして長い時間ではないですけど。
2.来週もまた見させる
次の時間単位まで、興味・期待感を持続させる。音楽の場合は切れ目なしに次の楽節に移行しますが、アニメの場合は一週間またせる。

1.長い時間に最後まで付き合わせる、は更に、
A.時間枠が所与の条件として定められてる
B.増減が自由
の2通りに区別される。アニメは1話正味20数分という厳格な枠組みがある。
音楽の、とくに器楽の作曲と即興演奏は、作曲者あるいは演奏者の裁量で、かなりの程度伸び縮みする。

今回の500 Milesは、三つの時間単位を全て興味を失わせずに聴いてもらうため、あえて途中に本来不要な時間単位を継ぎ足してみました、という作例。

相手を退屈させまいとして常に目先を変える、また、沢山の情報を詰め込む、というのはありがちだけど、それは情報インフレとカンフル効果を生じさせるだけ。
大量の情報を浴びせられた観客は、顔は笑っていていても目は死んでる、という事もある。

退屈される事を恐れる必要はない。オチが良ければ、その前に退屈した分はボーナス点に置換される可能性すらある。オチさえ良ければですが。
もちろん、わざわざ意味のない時間帯を作るのは×

全体像を理解してもらうためには内容的にどうしても必要だが、エンタメとしては辛い、という時間帯が発生するのはしょうがない事で、それを必要だと知りつつ省略してしまう演者はビビリ。
そういう芸ばかりしてると、全体像を理解する気などハナから無い、そもそも「全体像」があるなんて考えた事もない、という人種しか集められなくなる。
近年のハリウッド映画は、そういうのが多いかも。常に移民が流入してくる国のエンタメは、そんなんで回せるのかも知れない。いっちゃ悪いが、家畜飼料みたいな映画である。
日本は島国で、良くも悪くもどんどん煮詰まってしまうのが特徴。

退屈な時間帯が生じても、それが必要なものなら省略してはならない。「退屈だ」という観客の感情は、オチで一気に消し飛ばすのが可能なのだから。

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ベースの処理について;

今回のベースには、
・音量小さめで目立たないよう、
・アクセントの角が立たないよう、
・しかしミックス全体を下支え出来るだけの圧力は保つ。
という役割をして欲しかったので、そうなるように後加工してみました。

 まず、楽器側のトーンは全開で録音してしまったのだけど、それではアクセントが強く付きすぎだったので(そして録り直すのも面倒だったので)かなり極端な設定のEQ処理をしました。

81x.jpg

更にリバーブも掛けてます。設定は、

81y.jpg

 ベースの残響で、ギターのサスティンが短いために生じる音の隙間を埋めようという意図のリバーブです。ライブ演奏で、ドラムありで、テンポ早めなら、ベースを膨らますなんて禁則の第一項みたいなものだけど、この曲この編成に限ってなら、こういうのもありかなと思う。

 WAVESではなくt.c.のリバーブにしたのは、WAVESの方が高級なだけにミックスに馴染みやすく、今回の場合はとろけやすく、ミックス全体が団子になりすぎるかも知れないから、WAVESよりも硬くて金属的なt.c.を選択。両方を比較試聴して決めたわけではないので、実際にどちらが効果的だったかは分かりません。出来上がった感じでは、やはりちょっと金属的なのがイマイチのようにも思えます。

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81z.jpg

 J5のフレットは、大量生産期になってからのあの悪名高き針金フレットと比べたら、ずっとマトモな形状のものでした。これでネックが順ぞりしてさえいなければ、それなりに弾きやすいエレキだったかも知れませんね。

 フレット端の処理も丁寧で、↑の画像だけ見てると、リフレットされてるかのようにも思えてきますが、実際の形状は(針金フレットよりかはマシとはいえ)現代の標準的なフレットと比べれば、高さは低いものでした。
 フレット端が指板からやや飛び出して、バインディングが波打ってるのもリフレットっぽいですけど、指板材の方が経年変化で乾燥して縮んでもこうなるので、やはりこのフレットはオリジナルだと私は考えます。

 こういう点を見ても、テスコ製のエレキは60年代よりかは50年代の方が、いく分かはマシであったと思われてきます。とはいえ量産体勢に対応できる程の技術的基盤やノウハウの蓄積はまだ無く、しかしその状態で60年代のエレキ・ブームに巻き込まれ、うっかり触ったらかえってギターが下手になってしまうような、スゴロクの「三つ戻るのマス目」のようなエレキを世間に大量にばらまいた挙げ句、70年代を待たずして消滅してしまった。もしもエレキ・ブームの起きるのがあと10年遅かったら、日本のギター産業の有様も、今とはかなり違ってたのかも知れません。

 尤も、60年代当時に製造技術の低い、楽器らしい楽器など作れぬに等しいメーカーが、それでも大量輸出を行いえた第一の理由は「安いから」で、しかもその安さというのも1ドル=360円という、当時の経済実態にはそぐわない(アメリカ側からすると不当に円安な)固定為替制度が終戦直後以来放置されていた、その最後の時期とエレキ・ブームの発生時期とがたまたま重なったからなのでもあり、しかしブームはいずれ去るものだし、不合理な為替制度は是正されるべきものだし、そうなれば安売りビジネス・モデルは崩壊する。これは必然的な流れでした。
 それに70年代になってからは、「コピー」という方式での製品研究に対しては熱心になったけど、独自開発には時間もコストも掛けず、そのくせ中学生が思いついちゃったレベルの新機構を「オリジナル」と称して販売したりして、やってる事は60年代と変わらない。だから日本のエレキ製造業界の末路は、エレキ・ブームの起きる時期が10年速かろうと遅かろうと、どのみち同じだったのかも知れません。なんて、今さら考える甲斐もない事ですけど。

posted by ushigomepan at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 手放す機材の、お別れ記念録音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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