ギターは平均律の楽器です。なのでギターでコードを弾くと長短3度(およびその転回型である6度)が調子っぱずれで良い響きがしません。というか、ギターの3度は不快です。純正律の3度に比べ平均律のそれは、
・長3度は広すぎ
・短3度は狭すぎ
だからですね。
ピアノも平均律の楽器ですが、ピアノの3度はギターと比べ多少はマシです。それは何故かという説明等々は後日、暇と気力があれば書くとして早速本題。
「クラシック・ギターを、出来るだけ純正律に近い調弦=<擬似>純正律に調弦してみるテスト」
大曲や複雑な転調が含まれてる曲、また主要和音の構成音が開放弦ではないキーの曲などでは無理かも知れませんが、例えばF.TarregaのLagrima。この曲はちょっとの工夫で、3度の不快さを軽減出来る(可能性がある)ので、以下にその方法を説明します。
1.まず、いつも通りギターを平均律に調弦します。
2.次に、5弦を少しだけ高く、4弦を少しだけ低く調弦し直します。
3.運指は下記の譜面のものを用います。
この譜面は(株)全音楽譜出版社・阿部保夫『タレガ名曲選集』から拝借しました。赤い数字の運指番号は、擬似純正律で弾くために私が作り変えた個所です。
「5弦を少しだけ高く、4弦を少しだけ低く」というのは具体的に、どのくらい上げ下げすれば良いかというと、
・曲頭の、5弦7フレットのEと1弦4フレットのG#で作られる長10度(オクターブ+長3度)が純正音程になるまで5弦を上げる。
・曲頭2拍目の、4弦4フレットのF#と1弦5フレットのAで作られる短10度(オクターブ+短3度)が純正音程になるまで4弦を下げる。
です。それを例えば「セント数でいくつ」というような指定を出来たら良いのかも知れませんが、そういう事よりも、そもそもここで得ようとしてるのは純正音程なのだから、数字やメーターを用いなくとも耳で聴けば分かるだろうという話しです。ただ、10度は音程幅が広い分ちょっと合わせづらいので、
・5弦7フレットのハーモニクスのEと1弦4フレットのG#
・4弦12フレットのハーモニクスのDと1弦1フレットのF
を用いる等の工夫をした方が良いかも知れません。楽器によって倍音の出方は様々なので、合わせやすいポイントもそれぞれ違うのでありましょう。
また、最近のチューナーには「純正3度ガイドマーク」というのが付いてたりするらしいので、
(例)
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こういう道具を利用するのも良いのかも知れません。
以上、6本ある弦の内の2本の音程を少し上げ下げし、運指を一部変更。それでどういう効果が得られる(と予想される)かを図示したのが↓の譜面。
譜面をピンクと水色でマーキングしてあります。
・無色(ノーマーク)の部分は平均律、通常の調弦法で弾くのと変わらない部分。
・ピンクでマークした2音は、この<擬似>純正律調弦を行う事によって純正音程となる個所。
・水色は、この調弦法によって通常より更に協和度が下がる(調子っぱずれになってしまう)個所。
です。ギターは平均律に合わせたフレットが打ち込まれてる楽器ですから、平均律以外の音律に調律しようとすると、どうしても「あちらを立てればこちらが立たず」的な事態が生じる故、音程が合ってる部分と合ってない部分のデコボコが生じてしまいます。
声やフレットレス弦楽器のような、音程を自由に作り出せる楽器ではなく、鍵盤楽器やフレット付き弦楽器などの予め音程が固定されてるタイプの楽器では、1曲内の全ての音程関係を純正にする事はもともと無理なのです。私が、このラグリマ用の調弦法を純正律<風>とか<擬似>純正律と呼んでるのには、そういう事情があるからです。
フレット付き楽器だから完全な純正律は無理なのだとしても、こういう小細工をする事で、通常の調弦よりも更に不快な音程が生じてしまうのは本末転倒と思われるかも知れませんが、水色の部分は「小さな音で弾く」あるいは「音を長く伸ばさない」ようにすれば目立たないという逃げ道がある。ラグリマという曲の特徴は「連続10度の多用」という点にありますから、
☆曲内で多用される10度の多くが純正音程になる
☆曲頭および終止和音の10度(および3度)が純正音程になる
という点が、この<擬似>純正律調弦を行う事によって得られるメリット。
★平均律より劣る音程は小さく弾いたり短く切ったりして目立たせないようにする→そのためディナミークやアゴーギクの適用が制限される
という点はデメリット。この、メリットとデメリットのどちらを重視するか?あるいは妥協点を見出しうるか?そして最終的には、こういった試みから何らかの音楽的な有意義性を引き出せるかどうかが一番大切な事だと思うんですけど、それらは奏者個々の判断と技量に拠ります。興味のある人は実際に音を鳴らしてみてください。私が考案した調弦と運指より、さらに良い組合せ方があるかも知れません。ラグリマは、クラシック・ギターとしてはかなり簡単な曲なので、クラシック以外のジャンルの人にもおすすめ。エレキで弾いてもOKだと思います。
ちなみに;
私がこの調弦法を純正律<風>とか<擬似>純正律と呼ぶ理由はもう一つあります。垂直方向の音程のいくつかは純正音程になりますが、水平方向、つまりメロディー・ラインは平均律なんですね。ですから<擬似>純正律調弦で演奏すると、
「平均律で動くメロディー・ラインに純正音程の対声部が付きハーモニーが構成される」
という状態になります。人によっては、この点に大きな違和感を感じるかも知れません。
ちなみにの、その2;
ギターには「ハイ・ポジションに近づくほど音程の狂いが大きくなる」という問題がありますが、2枚目の画像(ピンクと水色でマーキングした譜面)は、その点を無視した机上論ですから、実際の演奏では、その時々に用いる楽器の状態によって理屈通りにならない個所も生じるであろうし、使用するギターに合わせた再調整も必要になるはずです。こんな事はギターを弾く人にとっては常識ですけど、一応注記。
ちなみにの、その3;
運指について
1.ホ長調部分の最後の和音の上声Eは、3弦8フレットのD#→Eという動きですから、1弦開放では音色の差がありすぎると考え3弦9フレットのEにしましたけど、1弦開放のEでも可です。オリジナルの運指が作曲者によるもので、それが1弦開放を指定してるなら、当然オリジナルを尊重するべき。
2.ホ短調部分5小節3拍目、4弦5フレットのGは、音程的には3弦開放の方が良いです。
ちなみにの、その4;
3度音程の事ばかり話題にしてますけど、その他の音程は?
・平均律の完全4度/完全5度は、純正律のそれとほぼ同じ。(誤差の範囲で、また実用的に)4度5度に関しては平均律=純正律と見なしてOK。
・2度(およびその転回型である7度)も純正音程に出来るならそうしたいものです(純正の長2度は平均律の長3度より協和度が高い)。現実的には無理な相談です。
・増4度……純正音程の増4度というものはありません。だからこその増4度です。
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2011/03/04追記;
純正律風タレガのラグリマをテスト録音してみました。
細かいナニは後回しで、とりあえず比較試聴。
・ノーマルなチューニングと運指
・擬似純正律風チューニングと私が改した運指
の2通り。どっちがどっちかというのは伏せておきます。
DAW上でリバーブを深めに掛けてます。もちろんこんなにどっさり掛けるのは滑稽なんですけど、音の尻尾が伸びれば音律の違いも強調されるかと思いまして。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
■2011年2月6日録音
■ギターは加納木魂 #30
■マイクはRCA BK-5B
■楽器とマイクの距離は約55cm
■リバーブはTC|Native Reverb Masterのプリセット・Church。
■Decay Time=3.0 secs.
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2013/10/28追記;
実演結果の反省会その他
ここから先の追記分は、上掲音ファイルを録音してからほぼ3年後の2013年10月に書いたものです。「ラグリマを純正律風にする試み」の実演結果はとんだお笑い種で、この記事はブログから削除したいくらいだった。それに実は自分、音律問題にはもうそれほど興味がない。少なくともギターの音律に関しては、ラップスチールを弾く機会が増えて以降、フレテッドをどうにかしたい気持ちは無くなった。オープンチューニングで純正律近似の和音が得られますので。
とは言えこの擬似純正律ラグリマの録音結果には、注記しておくべきと思われる点が一つだけあります。
「ギターで鳴らす純正長三度の和音は、平均律長三度の和音より音量が大きい、たぶん」
ギターにマイクを立てて、最初に平均律で録音。次に全く同じセッティングで純正律を。すると、この曲は冒頭に長三度を鳴らすのですけど(実際はE3とG#4だから10度)、平均律と純正律とではレコーダーのメーターの振れ方が大きく異なる。純正律の方が明らかにレベル入るんですよ。
ただ、それは機器の反応なのであって、人間の耳にも大きな音量で聴こえるのかというと、それはよく分からない。私はそれまで純正音程の方が「良い響き」だとは思ってたけど、音量が大きいと感じた事はなかった。純正音程は差音(別名、下方倍音)も明確に生じさせるから、機器はそちらに反応してるのかも知れない。アンプで鳴らすエレキより生ギターの方が、この現象は現れやすいかも知れない。ともかく、平均律三度と純正律三度にはこういう違いもありそうなのだ。
ところが、これを録音する場合、録音機のメーターの振れ具合が大きくなれば、それに応じてゲイン・ツマミは下げます。だから録音物としては結果的に、平均律と同じ音量になってしまいます。
いや、聴感上の音量は上がってないのにゲイン・ツマミは下げるのだから、録音される音量はむしろ下がってしまうのではないか?
しかしまた、2MIXを仕上げる作業では必ず、曲ごとの音量差が付かないように全体のレベル調整を行うものですし、だから録音時の多少の音量差などはたいした問題ではないのです。
となると、純正三度の方が音量が大きい(かも知れない)という所見は、「録音物を作る」という場合に限って言えば、とくに何の役にも立たない雑情報でしかないかも知れない。それとまあ私の演奏の出来が悪すぎて録音直後は色々作文する気も起きず、2011年時点での記事ではこの件について書かなかったのです。しかしラップスチールのOPチューニングがどうこうでフレテッドGtrの音律には興味なくなった以上、私が音律についての記事を更に書き足す可能性は低く、だったら「音量も大きいかも」の件を忘れないよう書き残し、ついでにギターと音律についての問題の概略も示しておくべきと考え、この追記分を書き足した次第です。
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音律についての記事を[書く、書きたくない、書く必要がない]理由
・音律についての記事を書く理由
ギターという楽器は、どれほど厳密にチューニングしても、あるいはバズフィートンシステムやサークル・フレッティング等の新趣向を用いても、どうしても
「なんとなく合ってない感じ」
は無くならない。それはなぜなのか?
私がこの事を気にし始めたのが15年くらい前。原因が分かったのが10年くらい前。私と同じ”ギターに対する不満”を持ってる人がいるなら、私が得た知見をウェブで公開するのは有意義であろう。
・音律についての記事を書く必要がない理由
しかしその10年前の頃、私はギターよりも三味線を弾いてる時間の方が長かった。三味線音楽はピタゴラス律を用いるので、弦楽器で平均律を弾くことによって生じる不快感とは無縁である。だから
「ギターの響きが不快なら、三味線を弾けばいい」
と思ってられた数年間、音律についての記事を書く事は、私にとっては不必要というか、是非とも大急ぎでやらなければならない事ではなかった。
その後、再びギターを弾く時間の割合も増え、ギターのチューニングをどうにかしたい気持ちも再浮上したけれど、改めてWebを検索してみると、音律を解説してるサイトは既に多数あり、ギターを改造して平均律以外の音律を演奏可能にし、実演結果の音ファイルを公開してる人さえもいるのを知った。
ならば私が更に、音律の解説記事を付け加えるのは不要である。私としては、
「ギターのチューニングにはどうしても、なんとなく合ってない感じが残るが、その理由を知るためのキーワードは音律」
という事を示唆するだけで十分。私と同じ不満を持ち、なおかつ自己学習能力のある人が私のページを見たならば、そこでの用語を足掛かりに検索して、必要な情報源にたどり付けるであろう。
・音律についての記事を書きたくない理由
私は非平均律の啓蒙家ではない。ギターのチューニングがどうしても合わないのを気に病む人は少なく、気にならない人はそれでオーケー。また、サークル・フレット等で劇的に改善した!とか思える人も、それでオーケー。そういう人たちに余計な情報を与え、心の平安を乱したりしてはいけないと思う。
それに、音律の解説記事を書くのは面倒な作業である。既存記事は多数あるのだけど、やたら煩雑だったり、ただ数値を並べてあるだけだったり、あるいは概説的で「わかりやすい」系の記事には誤りが多かったりするから、本当は私なりにも音律の解説記事を書くべきかとも思う。しかしそれは面倒くさい。
あと、本当は「純正律」という語は使ってはいけないのである。しかしその理由を説明するのも面倒くさく、結局は私もこの通俗化した「純正律」という語を用いてる次第である。音律とは何か、というより、なぜ多種の音律が存在するのかが理解できれば、純正律という語のおかしさも理解できるであろう。それは分かる人だけが分かればいい事柄である。
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・平均律に完全に合致しない微妙に高い/低い音程を用いるのは、微小音程を演奏中の局面に応じて自由にコントロールできる楽器(歌、管楽器、フレットレス弦楽器など)の、とくにソリストにとっては古今東西、ごく当然の事として(ことさら特別な事とも意識されずに、こぐ自然に)行われてる事である。
・鍵盤楽器とフレット有り弦楽器は、その微小音程のコントロールの自由度が制限されるため、(もしもそれを用いる必要があるなら)演奏開始に先立って、予め計画的に、微小音程の使用法を定めておく必要がある。
・その、微小音程の使用ルールが何通りかあるうちの一つが、音律である。
いや、音律とは微少音程の使用ルールであると言い切ってしまうのは正しくないのだけど、ともかく音律が問題になるのは専ら鍵盤楽器、フレット有り弦楽器、それと伴奏役のコーラスおよび管弦アンサンブルに対してである。
(ただ、歌やバイオリンのソリストでも、微小音程の管理を音律概念を援用して行う場合もあるかも知れない。)
ギターの「チューニングがなんとなく合ってない感じがする」問題の原因は、
・ハードウェアの不具合によるもの
・音律に起因するもの
この二つに大別され、音律起因側の原因は「長三度の響きが不快だから」、この一点に集約されると考えて概ねオーケーであろう。
そして、何種類もある音律の中で、ギターの長三度が不快な件に関係するのは平均律、ピタゴラス律、純正律の3種類だけである。
・ギターのチューニングをハーモニクスで合わせる方法で行うと、開放弦6本はピタゴラス律を構成する。
・この場合の2弦と3弦の長三度は、ピタゴラス律の長三度である。
・平均律の長三度の響きは不快なものであるが、ピタゴラス三度はそれよりも更に調子っぱずれな響きである。
・これを純正三度にチューニングし直すと、今度はフレットを押さえて合わせる音程と合致しなくなる。
結局のところ、フレット有りの弦楽器では、長三度の不具合による「なんとなく合ってない感じ」は解決不可能である。それが気にならない人は幸いである。それが気になる人は、まあギターなんてそんなものとでも思って使うしかない。
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Web上に多数ある音律記事を読む際には、それを「誰が、何の目的で書いた」のかに留意するべきであり、この場合の「誰が」とは、その記事の著者の演奏するメイン楽器による区分である。即ち、
・ギタリスト
・ピアニスト
・音程の微調整が容易な、上記2種以外の楽器
・そして楽器演奏をしない聴き専オーディオマニアとか楽理家とか
そして「何の目的で」とは、
・純正音程の素晴らしさを啓蒙したい、とか
・19世紀以前の演奏スタイルを正確に再現したい、とか
・チューニングが何となく合ってない感じがするのをどうにかしたい
・その他
音律については色々な人が色々な目的で色々な事を書いてますので、その結果、読む・知るのが煩わしくなってる面があるようにも思われます。
ピアノは、鍵盤1つに対して複数の弦が張られており、それらは少しづつチューニングがずらされてる。それによって平均律長三度の不快さはかなり緩和されてる。音程が「もやかされてる」わけです。
だからピアニストは平均律に対する不満をあまり感じない(んじゃないかな)。楽器の構造上、自力で解決しにくいから潔く諦めてるのかも知れませんし。
ギターは1本づつの弦で平均律長三度を鳴らすので、これの不快さをダイレクトに受け取ることになる。その代わりペグをちょっと回すだけで純正三度が得られる。しかしフレット付きである以上、根本的な解決は不可能である。
つまり、楽器が異なると音律に関する問題への対処法も異なる、という以前に、音律に対する問題意識のあり方(現れ方)からして異なっている。となると音律の何をどうしたいのかも異なり、記事内容の軸も自然、その「どうしたいのか」が中心になるだろうから結果的に、ピアニストの書いた音律記事はギタリストにとってはあまり役に立たない可能性が高い。だったらそれを読むのは後回しにして、ギタリストの書いた音律記事が他にないか探す方が良い。
聴き専マニアや楽理家の書いた音律の記事は無視するのが無難です。楽器をやる人だって誤情報を書きますけど、それでも自分で演奏する(そしてそれを他人に聴かせる)という機会がある以上、実際に出す音を通じて自分の知識が間違ってないかを検証できる(はず)なわけで、間違いに気づけば記事内容を修正するかもしれない。しかし演奏をしない人にそれは期待できない。演奏しない人の机上学は、音律の、演奏の実際面に関わる部分に関しては役に立たないです。